夜。

食事を済ませた後、王宮の廊下を一人歩く。

…中庭の庭園の見えるこの廊下からは、月がとても綺麗に見えて。

「……」

その月明かりに照らされて、廊下の手摺りの上に腰掛けていた紅も、何故か神秘的に映った。

一人月を見上げ、険しい表情で佇む紅の姿。

その姿に、正直見惚れた。

黒髪、浅黒い肌、端正な顔立ち、長身。

その鋭い眼と精悍な姿は、痩せた狼を彷彿とさせる。

彼はその眼で、一体幾つの戦場を見てきたのか。

たった一人、気の許せる仲間さえ持たず、雇われの傭兵の身で、どんな思いで戦ってきたのか。

そんな事を思い。

「お前こそ覗き見とは趣味が悪いな」

気配を殺すのを忘れ、紅に気づかれてしまった。

「…覗き見ではない。声をかけるのが悪いと思っただけだ」

私は憮然として、彼の前に歩み出た。

「…ほぅ」

紅は、意味ありげに笑う。

「あの甲冑も凛々しかったが、そのようなドレスも着こなせるとは…やはり一国の姫君ともなれば、何を着ても様になる」

「…っ」

確かに今、私は普段着の代わりとなるドレスをまとっていた。

仕立ての良い、王族御用達の逸品。

それが普通だと思っていたし、王族に世辞を言う者などザラだったから、今まではなんとも思わなかった。

だが、紅に言われると頬が熱くなるのは…。

「世辞を言っても報酬は増えぬぞ」

「世辞のつもりはないのだがな」

ほら…やっぱりだ。

「…は、早く休まれるがいい。明日にも大国の軍が攻めてくるやもしれぬ」

「そうだな…もう少し月を眺めたら休む事にしよう」

紅は視線を再び空に向けた。

「今宵の月は赤い…戦の匂いのする月だ…」