作業服の胸ポケットから出した潰れたマルボロの箱と使い古したジッポのライターをテーブルの上に置き、その中の一本に火を点けながら、森脇は自嘲気味に言った。
「なるほど……かつて日本のロック界をしょって立っていたトリケラトプスの森脇 勇司の転落人生を、ドキュメントにでもしようって訳か」
「違います!そんな事する訳が無いでしょ!」
「へっ!他人(ひと)の不幸は蜜の味って、昔から言うからな!さぞかし面白ぇ番組が出来るだろうぜ!」
「私はそんな話をしに来たんじゃありません!誤解です!」
「嘘つけっ!顔に『図星です』って書いてあるぞ!」
「違うんです!とにかく、話を聞いて下さい!」
「だが残念だったな!俺はそんな番組にゃ絶対出ねぇからなっ!」
「だから、さっきから違うって何度も言ってるでしょ!」
「だったら、お前の話ってのは一体何の話なんだよ?」
その森脇の問い掛けに答えようと、陽子は一旦大きく息を吸った。そして、数秒の間を開け、言った。
「森脇さん、もう一度トリケラトプスとしてステージに上がって欲しいんです!」
「はあ?」
その陽子の台詞を、森脇は全く予想だにしていなかった様だった。
あんぐりと口を開け、信じられないといった表情でじっと陽子の瞳を見つめる森脇。
その森脇の口からこぼれ落ちた煙草の火が、グラスの水の上でジジッと音をたてて消えた。
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