喜矢尻は、弾けるはずの無いギターを弾き始めた。
しかも、ただ弾くだけでは無い。
その様子を観覧席で見ていたC,z の松本から、感嘆の声が洩れる。
「上手い……いや、上手いなんてもんじゃない。あれじゃ、まるで………」
その衝撃を受けていたのは、松本の隣に座っていた布袋屋も同様であった。そして、ステージ袖に控えている森脇達にもそれは伝わっていた。
「いったい、どうなっているんですか?あれって、エアギターなの?」
陽子の疑問を本田が否定する。
「いや、違うだろう。あの音源を停電の間に仕込める訳が無い。それに………」
その後を森脇が続けた。
「指使いを見てりゃわかる。あれは本物だ」
まるで、ギターが体の一部であるかのように、彼は自由自在にギターを操っていた。
この世の全てをギターで表現するが如く、無限に湧き出てくるかのような多彩なメロディ。
完全無比のギターテクニック。
スピードキングと称された黒田でさえ足下にも及ばないような速引きも、難なくやってのけた。
その天才的なギターソロを、武道館の全ての観客が固唾を飲んで見守る。あまりの衝撃で声も出せなかったと言う方が正確かもしれない。
全身の、全ての細胞が沸き立つような感覚………そんな感覚を誰もが共有していた。
「だけど信じられない。あの人、本当にプラチナボンバーの喜矢尻君なのかしら?」
思わず口にした、陽子のそんな疑問。それに答えるように、森脇が言った。
「あんなギターが弾ける奴、少なくともこの日本にはひとりしかいねぇよ」
その顔は、陽子が今まで見た事も無いような、清々しい、とびきりの笑顔であった。
森脇は静かにステージへと歩いていった。その後に続き、武藤と森田も自分のポジションへと歩く。
森脇が、そのギタリストのすぐ傍に辿り着いた時、それを待っていたかのようにギターの音は鳴り止んだ。
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