スタジオ前の喫煙コーナーで、苛立った表情で煙草を吹かす森脇の背中から、ふいに声が掛かる。
「森脇!」
森脇が振り返ると、そこに自販機で買ったばかりの缶コーヒーを二つ手にした武藤が立っていた。
「ブラックだったよな?」
その一つを森脇に渡し、隣に座る武藤。自分も煙草に火を点けると、煙をゆっくりと吐きながら呆れたように呟いた。
「ありゃ、ダメだな」
「他人事みたいに言うなよ。ダメで済むかよ!」
「しかし、コレばっかりはどうしようもねえだろう………リハはやり直しがきくが、本番になりゃアイツはまた暴走するぜ」
「だろうな………テメエが目立つ事しか頭に無ぇ奴だ。バンドがどうなろうが知ったこっちゃ無ぇんだろ」
「確かに、あれじゃあバンドは無理だ。奴がバンドを転々と渡って、今じゃソロしかやってねえのも解る気がするよ」
今となっては、黒田の魂胆は手に取るように明白だ。
話題性のあるトリケラトプスのステージ、しかも全国ネットの生放送で自分のギターテクニックを存分に視聴者へと見せつける。
トリケラトプスのライブの成功なんて関係無い。むしろ、森脇らが自分のパフォーマンス以上に注目を浴びる事は、黒田にとっては望ましくない事なのであった。
それが判明しながらも、もう他のギタリストを立てるだけの時間的な余裕は今のトリケラトプスには無い。
「それで、どうするよ?森脇」
「黒田のギターで演るしかねえだろ。アイツは俺が抑える!」
黒田はリードギター、そして森脇はボーカルであると同時にサイドギターでもある。黒田が演奏の途中で暴走した時、それを抑えられるのは同じギターを演奏する森脇しかいない。
「28年振りの生ライブに、腹黒ギタリストのおまけ付きか………まったくツイてねえな」
「まったくだ」
二人でそんな事をぼやきながら、揃って煙草の吸いがらを灰皿に押し付け立ち上がる。そして、喫煙コーナーの窓から見える外の景色を見上げると森脇が呟いた。
「なんだか、ひと雨来そうだな」
「ああ、今夜はこれから雷雨になるらしい……ニュースで言ってたぞ。
まあ、武道館のライブには影響無いだろうがね」
どんより曇り始めた空を見上げ、武藤がそんな情報を森脇に提供する。
「雨はキライだよ………」
ふいに、森脇が独り言のように呟いた。
思えばこれまでの森脇の人生………嫌な事があった日は、決まって雨降りだった。
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