武道館の空調をもってしても、尚且つ会場の温度は1~2度位上がっているんじゃないか?と思える程に熱い、江沢 永吉のステージが繰り広げられている丁度その頃………
トリケラトプスとギタリスト黒田 明宏の四人は、都内のとあるスタジオで最後の音合わせを行っていた。
「おい、テメエ~黒田!一人で突っ走ってんじゃねえっ!
何度言わせりゃ気が済むんだよっ!」
演奏の途中で音を止め、森脇が黒田に怒鳴り散らす。
「テメエひとりで演ってんじゃねえんだぞ!分かってんのか?」
ギターの技術の問題というよりは、黒田の演奏態度に問題があった。四人、バンドとして演奏しているのにも関わらず、黒田は勝手に自分だけペースを上げ、周りと合わせようとしない。
「ウルセェなっ!テメエらが遅ぇんだよっ!そこのドラムのボケがもっとペース速めりゃいいだろうが!」
「ンだとぉ、コノヤロウ!」
とんだ言いがかりを振られ、持っていたスティックを床に叩きつけ立ち上がる森田の肩に森脇が手を掛けて宥める。
「まあ落ち着け、座れよ。森田」
そして、振り向きざまに黒田の襟元を掴んだ森脇は、その手を捻り上げて黒田の顔を睨みつけた。
「調子に乗ってんじゃねえぞ!テメエ、何様のつもりだっ!」
「ヘヘッ……そんなにムキになるなよ」
そもそも、演奏のペースの主導権は曲のリズムを担当するドラムにあるのが道理である。そのドラムに対し、リードギターが「俺のペースに合わせろ」などという要求は自分勝手も甚だしい。
森脇に睨みつけられた黒田は、ただヘラヘラと不敵に笑うだけで反省の素振りなど一向に見られない。
いっそのことその憎らしい顔をぶん殴ってやろうかとも思ったが、それは思い直し、森脇は舌打ちをしながら黒田の襟元を掴んでいた手を離した。
「もう一回いくぞ!三曲目からな」
とても最終調整とは思えないその不穏な雰囲気の中、森田のカウントを合図に、再びリハーサルは開始された。
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