ライブの話が一段落すると、三人はマスターを交えて改めて乾杯をした。
「しかし、トリケラトプス28年振りの復活ライブか………本当に楽しみだな」
顔の前に翳したロックグラスを揺らしながら、本田が懐かしそうに呟いた。
「演るからには、最高のステージにしてみせるさ」
トリケラトプス全盛期の時の年齢は24歳。現在は52歳になる森脇だが、その口調からはブランクによる不安など微塵も感じられない。
と言うよりも、今まで無理をしてロックから遠ざかっていたぶん、早く唄いたくてウズウズしているようにさえ見える。
それをを見透かしたように、マスターが笑って森脇に話しかけた。
「なんだか、唄いたくって仕方がないみたいだね、森脇君は」
すると、調子に乗った陽子がそのマスターの台詞に乗せて、森脇を囃し立てた。
「そんなに唄いたかったら、唄ったらどうですか?ステージ空いてますよ~~♪」
今日は平日で、レスポール名物のステージライブは行われていない。その幕の閉じたステージを、陽子は指差した。
勿論、陽子は冗談で言ったつもりだったのだが、その陽子の挑発に森脇はあっさりと乗って来たのだ。
「よし、唄ってやらぁ!」
「えっ、ホントに?」
「心配するな、カネは取らねえよ。マスター、ギター借ります!」
そう言って立ち上がると、森脇は一人でステージの方へと歩いて行った。
やがて、静かにステージの幕が上がると、そこにはギターを抱えてひとり椅子に座った森脇の姿があった。
マスターが店内のBGMを止め、照明の調整をする。
静まり返る店内………その中で森脇のギターのストロークの音色だけが鳴り響いた。
森脇が、ギター1本で弾き語りの出来る曲としてチョイスしたのは、ビートルズの《ヘイ・ジュード》。
一見、シンプルで簡単そうに見える曲であるが、それ故ボーカルの個性が如実に表れる楽曲である。
森脇は、それを見事に自分のものとしていた。ハスキーでありながら、伸びやかさも併せ持つ彼の恵まれたロックシンガーとしての歌声は、28年前と比べても全く引けをとらない、寧ろ成熟されていると言っても良かった。
「さすがだ……森脇 勇司、健在ですね」
感嘆と共に、本田がマスターに話しかける。
「うん、本当に………」
静かにそれに答えるマスターの両目には、涙が滲んでいた。
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