あれから何分歩いただろう…。

現実世界に帰ることを諦めた明日香は、イルマに導かれるまま舗装のされていない土の道を歩いていた。

「まだ着かない?」
体力に問題はないが、不慣れな土地で行き先もわからないのでは少し心配になって来る。

「もうすぐですよ。」
イルマの数歩後ろを付いて歩く明日香は小さくため息を付いて辺りをよく見回してみた。

江戸村?それとも太秦映画村かなぁ。

左右に建ち並ぶ家屋はみな木でできていて間口が狭い。


こういうのなんて言うんだっけ?そうだ長屋
だ。間口が狭いほど良いというアレだ。鰻の寝床。
……江戸時代ですか?

想像するものとは違ったけど、まあこれはこれで社会見学みたいで楽しいかもしれない。
帰れないものは仕方ないし、明日の朝まで付きあってあげよう。

それにしても…。イルマさんて日本人なのかな。この景色に全然釣り合ってない。茶髪に長身は江戸時代に相応しくない。
まあそれを聞く気も無いけど。夢の国だしね、そのへんは分からない方がかえっていい。


「…ねぇ。この世界の住人にまだ1人も会ってないんだけど。居るのよね?」
ふと気がついた。
この世界に来てからというもの、生活感のある家屋が立ち並ぶ広い道をずっと歩いているにも関わらず人を見ていない。

「はい。でも、この世界の住人は少し変わってまして。うーん。そうだな…。」
少し考える素振りをしてイルマはある1軒の家に顔を向けた。
「珠樹、出てこい」
声を張り上げるでも無くそう告げると、イルマの視線の先の家の戸口から人影が現れた。
それはまさしく影そのもので、確かな実体が無い。

「え、ちょ…ちょっと何これ!!?」
不思議と恐ろしさや気味悪さは感じなかった。だが、近づいてくるそれにただ驚いて明日香は無意識に距離を開けていた。

「久しぶりやなイルマの兄貴っ。やっぱしお見通しなんやな。」
「当たり前だよ。…それより人型を取ってくれ。お客の前だ。」
「ほんまや。すんません、ちょっと待ってなぁ。」
珠樹と呼ばれた関西弁を話すその影はぶるりと震えた。次の瞬間、イルマと同等の身長を持つ黒髪の男の姿に変わる。
人懐こさそうな笑顔で明日香に近づいき手を差し出してきた。
「ごめんなぁ驚かせてもーた?珠樹言うねんよろしゅーな。」
その満面の笑みに明日香は緊張を解いた。
「たまき…さん?こちらこそよろしくお願いします。」
とった珠樹の手は少し冷たかった。