「なぁ、晃。さっきから向こうのレギュラーベンチにあの女の姿が見えないんだけど……」


普段、初対面の相手や身の上の人に対しては堅苦しい敬語で話しているが、友人の前ではこんな感じだった。


「あの女って、龍我の対戦相手のこと?」


「あぁ。
ひょっとして俺が相手だと知って怖じ気づいて帰ったか?」


どうせ負けるのが怖くなって逃げ出したんだろ。


「いや、あの子ならさっき俺達にってドリンクを持ってきてくれてからは他の部員が試合してるコートに居るよ。」


晃が指差す方向には俺たちが持ってきた物ではないクーラーボックスがあり、他のレギュラーはその中のドリンクを飲んでいるみたいだった。


「気が利く子だよな。
てっきり去年の全国大会覇者だっていうから気難しい子かと思ってたけど、話したら気さくだし、可愛らしい子だったよ。」


「へぇ。」


レギュラーコートの向こうにある別のコートを見ると一年生と楽しそうに喋っている女の姿があった。


「で、何してんだ?あいつは。」


いくら練習試合とはいえ、俺は高校テニス全国大会覇者だ。
その俺が相手だというのに女は練習をするでもなく一年生と笑顔で話している。


「多分、一年生に教えてるんじゃない?
いくら見るだけの練習試合と言っても盗めることは案外多いからね。
さっき近くを通りかかった部員が熱心に指導してたって言ってたし。」


俺たちにドリンクを作ったり、試合前だというのに一年生に教えに行ったり。本当にあいつが女子の高校テニス全国大会覇者なのか?


俺は彼女が不思議で仕方なかった。