紫帆の頬が僕の肩にかかった。

「眠いの?」
僕は訊いた。

「眠くない」
と言ったがあくびが漏れた。

「寝たら、すぐお別れになっちゃう」
紫帆はまたあくびをした。

「いいよ寝て」
「寝ない」
紫帆は顔をあげ、両手の人差し指で左右の目を横に引っ張った。
なんて顔をしてるんだ、こいつ。

長後駅を過ぎた。あと一駅。あと一駅……。

「もう着いちゃう」
紫帆は目をふせた。
「また明日会える」
「そうだね」

向かいの窓はコーヒーのように暗い。その向こう側に街の灯が走り去ってゆく。
モッズコートを着た紫帆とピーコートを着た二人が映っている。
鏡に映っている少年が隣の少女の頬にキスをした。

そして電車は湘南台駅に停車すると、再び動きだし、夜の闇に消えていった。