「寒くない?」
僕は訊いた。

「ううん、大丈夫」

そう言うと、紫帆はにこりと微笑んだ。
えくぼが愛らしい。
八重歯が顔をのぞかせた。

僕たちは新宿駅から小田急に乗りこんだ。最終列車だった。当然各停だ。
普段なら各停をいらいらしながら乗る。
亀のように鈍い銀色の箱。鞭があれば叩きたいくらいだ。もっと速く、もっと速く。

でも今は違う。遅くていい。紫帆は湘南台で降りてしまう。
踏切の故障かなにかで、電車が止まればいいのに。