「あははっ!」


夜の繁華街。

その明るい場所から少し歩いた所にサラリーマン達の行きつけの通りがある。


「なーにー!?」

「だってぇー!」


中年男性の酔った声と若い女の媚びた声が至る所から聞こえる。

それに混じって、スカウトや呼び込みの店員の声が聞こえる。


「(……眩しー)」


無理矢理連れてこられた俺は可哀想や。

まぁ一番下っぱやし、仕方ない事やと思うけど。

先輩方は俺にこの中年男を押し付けて帰りよった。


「部長、帰りましょ、奥さんが心配しますよ」

「あー?いいの!あんな老けた妻と道具同然の娘なんかー。ま、今日も道具として遊んで来たんだけど!ははっ!ほら、次行くよー!」

「きゃー!オジサン素敵ー!」


どないしたらええんや。

完全に酔っとる部長も、まとわりついてくる女も、纏めて殴ったろか。

昔は早く大人になりたかった筈やのに。

今は淀み過ぎていて目眩がする。

俺と部長は女達に、妖しく光る店内へと案内された。


「うわ、……くさっ。」


思わず手の甲で鼻と口元を隠した。


「あー、桐原君は子供だねー。いやいや」

「きゃーん、お姉ちゃん達が相手してあげるー!」

「はは……、すんません。トイレ行ってきますわ」

甘ったるい声と甘ったるい香りに、俺は具合が悪くなり、トイレへ逃げた。


「……はぁ」


毎日疲れる。

何で俺がこんな事……。

今更やけど、1つ先に社会人になった先輩が言うてた事が身に染みる。

“社会人なんか、つまらんで?”

先輩は、早く大人になりたいと言った俺に、そう苦笑いしながら呟いた。

ふと鏡を見ると、俺は自分の顔に驚いた。


「老けた、な」


眉間にはしわが寄り、髪も乱れている。


「……戻らな」


俺は顔を水で洗い、気持ちを引き締めた。

トイレを出て、席に戻ろうとした。


「遅れてすみま……、」

「あー、さっきの若造君?ははっ、アレ、使えないよ。バカ、無能、役に立たないし」


は?何?俺の悪口?
俺が帰ってからにしてくれへんかな。


「えー、可愛い顔してたじゃなーい?」

「だめだめ、ありゃ、小さい頃から甘やかされてきたよ。不良だったんじゃないかな?」

「ええー。そーなのぉ?」

「そうそう!ガキの頃にどんなやつに育てられたんだって感じだよ、まったく」

「きゃはは!」

「おじさん、それよりお酒飲みたーい!」

「じゃあ酒追加しちゃおうかぁ!」

「きゃー!さすがぁ!」


賑やかな光景とは裏腹に、俺の心は真っ黒に染まりかけていた。

俺が、無能?

否、それ以前に、

“ガキの頃にどんなやつに育てられたんだって感じ”

ふざけんな……っ!

俺をここまで育ててくれたんは、親だけじゃないんや。先輩やサッカー部の皆に育ててもらったんや。俺を悪く言うんは構わんけど、俺を育ててくれたやつを悪く言うんは許さへん。

絶対に。


「……部長、遅れてすんません」

「お、桐原くーん、ほら、飲んで飲んで!」

「ははっ、ありがとうございます」


俺は笑った。

静かに芽生えた黒い感情を隠すために。


「じゃあ、そろそろ失礼しますわ」

「はーい、じゃあねーん」


あれからまた暫く飲み、俺は帰ることにした。

部長はまだ飲むと席を立たない。


「ほな、また」


また。

俺は店を出て、家まで走った。

急がなくては。

今日しかアカン。

今日しか無いんや。

俺は無我夢中で、煌びやかに光る繁華街を抜けた。

そして俺は家に帰り、私服に着替え、フードを深く被った。

そして再び繁華街へ行き、店から出て裏路地を通って帰ろうとする部長を見つけた。

俺は、蓄めて蓄めて、爆発させるほうやと思う。


「……佐々木部長」


俺の視界は赤に染まった。












**********
















カタカタカタカタ


体が震えている。

怖い、怖いと叫んでいる。


「友香ー?パパですよー?」


ギシギシと音をたて、二階へと上がってくる足音。

その足音が私の部屋の前で止まった。


カチャン

ギィィィイ


「どーしてパパを無視したりするの?」


見なくたってわかる父さんの表情。

笑っている。

娘で今から遊ぶ事を楽しみにしている。


「ほら、起きなさい。早く起きて、着替えなさい」


無理矢理布団を剥がされ、父さんに服を渡された。


「今日はこれ着てね」


私はゆっくりと体を起こし、着ていたものを脱ぎ、渡された物を纏った。


「やっぱり、パパの子だねー」


ひらひらとレースが付いたワンピース。

今の私には抵抗と言う言葉はなかった。

抵抗すれば時間が長くなるから。

それだけは避けたかった。


『と、父さん』

「んー、足、開いてごらん?」


にやにやとまとわり付くような視線が気持ち悪い。

娘に対する視線じゃない。

父さんは異常だ。


『……っ、く…、うぅ、』

「ほら、開脚したら何て言うの?友香ちゃん」

『っ、……っく』

「言いなさい」


ああ、私も異常だ。


『な、……舐め、な、さい』


ぎゅっと目を瞑り、衝撃がくるのを待った。

恥ずかしい部位に、父さんの荒い息がかかる。

嫌だ、嫌だ。


「おいしいねぇ。」

『っぐ、ひっく、ぁあ、』


ざらついた感触が嫌だ。

もう涙しか流れない。

怖くて、怖くて。


「じゃあ、入れようか。」

『!?』

「今更でしょ、ほら、父さんの。」


普通の親子ってなんだろう。

私は嫌だと首を振った。

無意味だと知っているけど。


「父さんの道具だろ?父さんが居なくちゃ何も出来ないだろう?」

『っ、……嫌、嫌だ!』


私はバタバタと足を動かした。

嫌だ!

父さんの道具になった覚えはない。


『私は父さんの道具なんかじゃない!』

「ひゃひゃ、馬鹿だねぇ」


掴まれた手首が痛い。

晒した陰部が恥ずかしい。


『父さんは、……私の父さんなんかじゃない!』

「……あぁ、そう、なら入れるから」

『!?……っい、痛い!痛いよ!父さん!』

「ははっ、若いなぁ!」

『い、嫌、いやぁぁ!抜いて、抜いてぇ!』


私は体を捻ったり、足をバタ付かせたりしたが、父さんは律動を止めてはくれなかった。

ベタついた体が気持ち悪い。

嗚咽と一緒に勝手に出てくる自分の声が嫌だ。

気持ち悪い。

父さん、私、父さんが嫌いです。


「じゃあ、父さんは飲み会に行ってくるから」

『ん』

「逃げちゃ、だめだよ」

『はい』

「じゃあねー。3時には帰ってくるよー」


私は父さんが部屋を出た後に、父さんから放たれた欲を自ら指を入れて掻き出した。そして、体を赤くなるほど洗い、服を着た。

リビングのソファーに横になり、時が来るのを待った。

そう、今日しか無い。

今日しか出来ない。

私は夜中にフードの付いた黒いコートに身を包んだ。

母にどこに行くのか聞かれたが、何も言わなかった。

母さん、ごめんね。

向かうは繁華街。

黒いコートの内ポケットに財布と大切な物を入れ、私は家を後にした。

もう、後戻りはできない。













**********

















ザァーッ


「……佐々木部長」

「な、なんだね、君は」


あからさまに同様する中年男性は、持っていたカバンを男に振りかざした。


「や、なんなんだ!」

「俺、もう疲れましたわ」

パニックに陥る中年男性の腕をガシッと掴み男は笑った。


「さようなら、佐々木部長」


中年男性の腹部から血が滲み、男の持つナイフを伝い地面へと血が滴る。

無表情で男がナイフを抜くと、血が勢い良く流れ出てきた。

ナイフからは、まだ血が滴っていた。


カシャン


「……誰」


男が振り向くと、黒いコートを着て、深くフードを被った少女がいた。

地面にはナイフが落ちていた。


『あ、貴方こそ……』


同様しているように見えたが、少女は至って冷静に落ちたナイフを拾った。

そして、男に聞いた。


『……名前は?』


男は少し笑って、少女の頭をナイフを持っていない方の手で撫でた。


「ははっ、お嬢さん、若いのに驚かへんの?まぁ、ええか。俺は桐原徹や」

『名前、教えていいの?』

少女の問いに、桐原は困ったように眉を寄せたが、少女を見つめて言った。


「アンタの名前は?」

『……友香』


桐原は友香の答えに満足したのか、にっこりと笑った。


「仲間、やな?」

『……』


お互いに見つめ合い、笑った。

そして二人は、どちらからともなく手を取り合い、唇を重ねた。


『……どうしてかな』

「さぁ、わからへん」


二人が手を離した頃には、夜は明け、薄暗い裏路地に鮮明な赤が照らされる。雨の所為か、血が至る所に跳ねていた。


「一緒に、来るか?」

『……うん!』


再び繋がれた手が、二人の禁じられた愛の始まりだった。