本当の名前で呼んでやると、
則暁くんははっと息を飲み、目を見張った。


瞳が揺れる。もう一度本当の名前を呟くと、更に瞳を揺らした。
それを見てもう一度胸を押してやると、今度は更に体が揺れ、数歩後ずさった。


あたしの勝ち。
もう則暁くんはあたしを阻むことは出来ない。
そう悟って心の中でごめんねと思う。


誰も知らない則暁くんの名を、
ここで言うのは卑怯だってことがよく分かった。
それでもあたしは行かなければと思った。
別に雪姫様のためじゃない。自分のために。


「雪姫様。ここで待っていて。すぐに戻ってくるから」


「ええ。貴女もどうかご無事で。必ず生きて帰ってください」


こくりと頷くと、雪姫様もこくりと頷いた。


あたしは呆けている則暁くんを横目に、走り出した。
どっちに行けばいい?遠くの方で煙が上がっている。
あそこかしら?勘を頼りに行くしかない。


煙の立つほうへと走る。着物だと走りづらいし、足も痛い。
やっぱりやめておけばよかったなんて思うけれど、
鎧姿の暁斉を見た時思ったことが胸の奥に巣食って離れない。


どうしてそう思うのか。それを確かめたかった。
だから行くのだと自分に言い聞かせながら、構わずに走り続けた。