伊吹は何も言わない。
いや、言えないんじゃないかと予想される。
だって、まさか花梨が自分のことを好きだなんて、小指の爪の先の垢までも思ってなかっただろうから(回りくどい)。
あまりにも驚き過ぎたのか、普段の伊吹じゃ見せないような、目を丸くするというレアな表情がしばらく見物出来た。
「……あなたが、僕を?」
やっと言えたらしい言葉は、たったそれだけ。
花梨はもうムキになったのか。
「そうだって言ってんでしょ!?何度も言わせんなイジメかバカッッ!!!!」
…何故か喧嘩腰だ。
伊吹はそれで冷静に戻り、眼鏡を押し上げてから、眉をひそめる。
「……信じられないんですけど。」
「なんでよ!!!?」
「だって、あなたと僕が会ったのはこの夏に入ってからですよ?そんな短期間で?」
「好きになるのに理由が居るっていうのかあんたはッッ!!頭固いわね!!」
花梨はなんていうかもう……たぶん喧嘩売ってる。
でも伊吹は、一度瞬きしてから軽く頷いた。
「…そうですね。あなたの言ってること、合ってると思いますよ」
「…………そ、れはよかったわ…」
伊吹の静かな声に、花梨も少し落ち着きを取り戻す。
同時に俯き、返事を待つみたいに口を閉じる。
それをわかっていたのか、伊吹は小さな声で。
「…ありがとうございます。…でも、すみません」
ホントに申し訳なさそうに言った。
花梨はグッと喉を鳴らし、次いで顔を上げる。
泣いては居なかった。


