校舎から窓越しに中庭を見ると、桜がひらひらと舞っていた。


『きれー』

「ん?」


ガヤガヤと騒がしい教室で、席が窓側の私と大地は外を眺めていた。


『桜、散りぎわっていいよね』


儚気に散りゆく桜。

満開と言われ、咲き誇っていた桜達が、堂々としていた時よりも少し色褪せて散っていく。


「散りぎわって……、何や、絵莉花はサディストやな」

『ふふ、何かね』


苦笑いする大地は窓を開け、手を伸ばして一片の花弁を取り私にくれた。


「ほら、絵莉花にお似合いや」

『上手いんだからー』


ふふっ、と大地を見つめて笑いながら、私は違う事を考えていた。

最近の私の体はおかしい。

昔から、お前はおっちょこちょいだと言われていたけれど、本当に最近はおかしい。

言う事を聞いてくれないというより、言う事を聞かせられない。

小さな段差に躓いたり、箸を握る手が震えたり。

些細なことだが体が言うことを聞かない気がしていた。


『……』


不安はあった。

だけど病気だなんて考えていなかったし、ただ疲れただけ。そう思うようにしていた。

でも、今までにない脱力感。


カシャンッ


『っ!』


びくりと肩が跳ねた。


「おー、大丈夫か?いきなり何してんねん」

『え、あ、うん……』


大地の声に驚きながら、足元を見ると、右手に握っていたはずのシャープペンを落としていた。


「ほんまにしゃあないやっちゃなぁ」

『あはは……、』


大地が私のシャープペンを拾い、頭を撫でてくれた。


「気ぃつけや?」

『うん、大丈夫』


そう、大丈夫。

私はおかしくなんかない。












**********















『と、言ったものの…、』


放課後、皆が部活の間、私はゆうくんを待つという理由で図書室に来ていた。


『いっぱいあるなぁ、』


大きな図書室を見て、苦笑いする。

そして、ジャンルごとに分けられた本棚を見て回る。


『あ、あった』


―医療・看護・介護―

すっと私は手を伸ばして、一冊の本を取る。


『んー、と、』


難しい言葉が並ぶ本に嫌気がさす。


『……病名、とかわかんないしな』


困った。

どうやって調べたらいいのかがわからない。

病名なんかわからないし、ていうか、何を調べたらいいのかさえわからなくなってきた。

早くしないとテニス部の練習終わっちゃうよ……。

本棚を前にして頭を悩ませていると、救世主の声が頭上から降ってきた。


「何してんねん、自分」

『だ、大地!』


私はガタガタッと勢い良く立ち上がり、大地に飛び付いた。


「な、なんなん!?」


ぎゅうっと抱きついてきた私に、大地は驚いたように私を自分から剥がした。


「おま、有希はどないし……、」

『私、病気かもしれない』

「……は?」


大地が話し終える前に私は大地の目を見据えて言った。


『だから、……私、』

「冗談言うてるんやったら、俺怒るで?」


大地が私を睨むように見た。


『……っ、冗談なんかじゃっ、』


酷い、私は真剣に悩んでたのに。

ずっと怖くて、怖くて……。

大地の言葉が悔しくて、自然と涙が私の頬を伝った。


「……ぷ」

『っ、な、なによ!』


私が悲しくて俯いていると、大地がお腹を押さえて笑いだした。


「あー、おもろいなぁ自分。そら絵莉花が医学の分野の本を持ってるっちゅーんがありえへんことやしな」

『ひ、ひどいっ!』

「くくっ、まぁまぁ、……で?何の病気なん?」


私に悪いという素振りも見せず、大地は言った。


『……それがわからないんだよぉ』

「……そりゃまたえらいこっちゃなぁ」


大地は呆れたのか哀れんだのか、苦笑いをした。


『で、でも私、本気なんだよ!』


信じてほしくて、私は制服の裾をきゅっと握り締めた。

チェックのスカートに皺がよる。


「わかっとるで。絵莉花が泣くなんて滅多にあらへんしな」

『~っ、大地ぃ!』


私は嬉しくなって大地に飛び付いた。


「あーはいはい。さ、早よ出な。学校閉まるで?」


外に目をやれば、辺りは薄暗くなっていた。

あー、そうだ。

ゆうくんを迎えに行かなくちゃ。

テニス部終わったかな…。

あ、でも病気の事、調べなくちゃな。

と、ふと考えて私は大地を見た。


『え!調べないの!?ってか、なんで大地ここにいるの!』

「今更かいな!……っと、アホか。俺だって伊達に部活サボったわけやないで?医学書探しに来てん。」


ノリツッコミをした大地はゴホンと咳払いをして、手に持っていた医学書を指差した。


『ああ、なんで?』

「はぁ、……俺は日向医院の息子やけど?」

『!』


にやりと笑った大地を見て、私は目を丸くさせた。

そうだ、大地は医者の息子。

しかも大病院の。


「せやから安心しぃ?俺が責任持って親父に頼むから。な?」

『大地大好き!』


ああ、なんていい人なんだろう。


「ほぉ、有希よりか?なら隅々まで検査せなあかんな」

『……えっち』


私は笑った。

大地だって笑った。

だけど、この時は誰も何も知らなかったんだ。

私の道が真っ暗になるなんて