「そうだな。確かに荒いが心がこもってる」
しばらく須田さんはそのベン・フォールズって人のピアノを聴いている。わたしもはじめてこのレコードを聴いた。このあいだのビリー・ジョエルって人よりも、もう少し今っぽい。わたしは窓の外を眺めながら、須田さんの認知症のことを考える。須田さんはどんなタイミングで、自分がわからなくなってしまうんだろう。それにはきっかけのようなものがあるのだろうか? スイッチのようなものがあるのだろうか?
「いい天気だな。今日はきっと夕日がきれいだ」
須田さんはそう言って窓の外を見る。
「そうですね。きっと夕日がきれいですね。3人で見に行きましょうか?」
「3人で?」
「はい。幸い誰もお客さんはいませんし、海までは3分もあれば着きます。散歩にはちょうどいいですよ」
「うわぁ楽しそう。須田さん行きましょう」
わたしははしゃいでドアの外の看板をCLOSEにする。
マスターが車いすを押して路地を抜けて、3人で坂道を下る。わたしは2人の前を歩く。海までの案内役だ。でも坂の下の国道をわたって細い道を下れば、もう海岸だ。わたしたちは海岸の入口に車いすを停めて、砂浜に入る。須田さんはとてもゆっくり歩く。マスターがその歩調に合わせて無言で歩く。波打ち際から少し離れたところに、腰掛けるのにちょうどいい大きな流木が転がっている。須田さんとマスターはそこに座る。わたしは波に向かって小石を投げてみる。わたしの力ではそれは海まで届かなくて、波打ち際にぽとりと落ちる。太陽は今まさに西の空に沈んでいくところで、海の色がだんだん染まっていく。それは濃紺の海にオレンジ色のインクを滲ませたようだ。
振り返ると須田さんもマスターもなんだか柔らかな表情をして海を見ている。2人の顔もオレンジ色に染まっている。30歳近く年の離れた2人だけれども、確かにそれは親子というより友達に見える。わたしはなんだかその世界に入れないような気がして、また海の方に振り返って投げる石を探す。
「きれいですね」
「ああ。やっぱり海は人のいない季節に限る」
「はは。そうですね。でも夏の海水浴の季節にここがいっぱいになるのも、僕は好きですけど」
「そうか」
マスターと須田さんの会話が背中越しに聞こえる。夕日が今まさに沈み、水平線に消えようとしている。
しばらく須田さんはそのベン・フォールズって人のピアノを聴いている。わたしもはじめてこのレコードを聴いた。このあいだのビリー・ジョエルって人よりも、もう少し今っぽい。わたしは窓の外を眺めながら、須田さんの認知症のことを考える。須田さんはどんなタイミングで、自分がわからなくなってしまうんだろう。それにはきっかけのようなものがあるのだろうか? スイッチのようなものがあるのだろうか?
「いい天気だな。今日はきっと夕日がきれいだ」
須田さんはそう言って窓の外を見る。
「そうですね。きっと夕日がきれいですね。3人で見に行きましょうか?」
「3人で?」
「はい。幸い誰もお客さんはいませんし、海までは3分もあれば着きます。散歩にはちょうどいいですよ」
「うわぁ楽しそう。須田さん行きましょう」
わたしははしゃいでドアの外の看板をCLOSEにする。
マスターが車いすを押して路地を抜けて、3人で坂道を下る。わたしは2人の前を歩く。海までの案内役だ。でも坂の下の国道をわたって細い道を下れば、もう海岸だ。わたしたちは海岸の入口に車いすを停めて、砂浜に入る。須田さんはとてもゆっくり歩く。マスターがその歩調に合わせて無言で歩く。波打ち際から少し離れたところに、腰掛けるのにちょうどいい大きな流木が転がっている。須田さんとマスターはそこに座る。わたしは波に向かって小石を投げてみる。わたしの力ではそれは海まで届かなくて、波打ち際にぽとりと落ちる。太陽は今まさに西の空に沈んでいくところで、海の色がだんだん染まっていく。それは濃紺の海にオレンジ色のインクを滲ませたようだ。
振り返ると須田さんもマスターもなんだか柔らかな表情をして海を見ている。2人の顔もオレンジ色に染まっている。30歳近く年の離れた2人だけれども、確かにそれは親子というより友達に見える。わたしはなんだかその世界に入れないような気がして、また海の方に振り返って投げる石を探す。
「きれいですね」
「ああ。やっぱり海は人のいない季節に限る」
「はは。そうですね。でも夏の海水浴の季節にここがいっぱいになるのも、僕は好きですけど」
「そうか」
マスターと須田さんの会話が背中越しに聞こえる。夕日が今まさに沈み、水平線に消えようとしている。
