ma cherie *マシェリ*

もう時刻は夜の11時を過ぎていた。

こんな時間にビルの中に入ることができるのかと気がかりだったけど、そんな心配は不要だった。

なぜなら会社の入り口前ではすでに佐伯さんが待っていてくれたから。


奥さんの代わりにあたしが届けにきたことにかなり驚いていた佐伯さんに事情を説明した。


「そうか。ありがとう。迷惑かけちゃったね……」


「いえ、迷惑だなんて、そんなこと……」


「後でちゃんとお礼するから。とにかく今日はこれで……」


そう言って、書類を手にした佐伯さんはビルの中に入って行こうとする。


「ちょっ……待ってください」


あたしは佐伯さんを呼び止めた。


「奥さんが大変なんですよ? 今すぐにでも病院にかけつけなくていいんですか?」


「ああ。病院にはどんな様子か電話を入れてみるよ。だけど今はこっちも手が離せないんだ」


佐伯さんはそのまま自動ドアに吸い込まれるように中に入って行ってしまった。



――ひどいっ。

何あれ……。


奥さんより……生まれてくる赤ちゃんよりも、仕事が大事なの?

佐伯さんてそんな冷たい人だったの?