あたしがひそかに想いを寄せていた人。


佐伯さんは窓際の奥の席がお気に入りだ。


いつもその席で脚を組んで俯き加減で本を読んでいる。

窓から差し込む光が当たって、サラサラの黒髪が揺れるたびにあたしは勝手にドキドキしていた。

あたしはいつもここから佐伯さんをこっそり眺めていた。


どんな本を読んでいるんだろう……。

どんな声で話すんだろう……。


人に話せばバカにされるかもしれない。

ただ、こっそり見つめているだけの淡い恋心だった。

だけどそれでもあたしにとっては胸がキュンとなるような幸せな時間だったの。


佐伯さんの姿を見ることができた日は仕事も頑張れた。

いつか話しかけることができたらいいな……厨房にいるあたしに気づいてくれないかな……なんてそんなことばかり考えていた。


そんな時、知ってしまったんだ。

佐伯さんに奥さんがいることを……。

奥さんはお腹が大きかった。

たしか予定日は三月だって言ってたけど、もう産まれたのかな。

ふいにため息が口をついて出た。

早くふっきらなきゃ……って思ってるのに、今でもちょっと胸がチクチクと痛い。



「サキ?」


マヒロさんに声を掛けられてハッとした。