男と腕くんでイチャイチャしながら店に入ってきた女性客が、オレを見るなりその表情を強ばらせる。


もちろんオレも彼女を知ってる。

名前はレイコさん。昨夜のオレのお相手だ。

オレよりはいくつか年上だと思うけど、正確な年齢は知らない。


ふーん。
別に興味もなかったからあえて聞いてなかったけど。

やっぱ男いたんだ。

つうことは、オレ、体だけ弄ばれた?

なんてね。こんなのお互い様。


まさかここでオレが働いてるなんて想像もしてなかったんだろう。

レイコさん、顔面蒼白になってる。


あーあ、ダメだなぁ……。
そんな顔してっと、オレとの浮気が彼氏にばれちゃうよ?

しょうがない、助けてやるか。


「いらっしゃいませ。二名様でございますか?」


オレは何食わぬ顔して、営業用スマイルを二人に向けた。


それを見て、あからさまにホッとしたような顔をするレイコさん。


わかりやすい人だな。

そういうとこ、嫌いじゃないけどね。



こちらへどうぞ、と、案内したのは窓際のテーブル。


すぐにイスに腰かけた彼氏とは対照的にレイコさんは席につこうとはしなかった。

そしてさっきとはうって変わって涼しい顔してオレに言う。


「あの……お化粧室はどちらですか?」

「ご案内いたします」


軽く頭を下げ、オレもすまして答える。

どうやら彼氏はオレ達の関係なんてまるで気づいていない。

女って怖えー。……なんて、つくづく思ったりして。



フロアの隅にある角を曲がると、狭い廊下が5メートルほど続く。

そこには左右に男女それぞれのトイレがあって、さらに進むと突き当りは従業員の事務所になってる。


オレは曲がり角の手前でいったん立ち止まる。

「こちらです」と案内したとたん、レイコさんに腕を掴まれたかと思ったら、その廊下に引き擦り込まれてしまった。


ここはフロアからは死角になっているため、当然彼氏からは見えない。


オレの体を強引に壁に押し付けるレイコさん。
まるでこの状況を楽しむかのように小悪魔みたいな笑みを浮かべてる。

男女が逆転してるけど、こういうの、『壁ドン』って言うんだっけ?

なんて、しょーもないことを考えながら、オレは息がかかりそうな距離で彼女の耳に囁く。


「ずいぶん乱暴なことするんだね……」