「そうなんですかー……。あ、失礼しました」


ペコリと頭を下げてその場から去った。

見てはいけない物を見てしまった気がして、胸がドキドキしてる。


「何話してたんですか!」


キッチンに戻るとカウンター越しにサキがオレを睨みつけてきた。


「いや。別に……ロバート・パーマーがどうとか……」


オレはしどろもどろに答え、作家名を間違えていることにすら気づかなかった。


ヤバいだろ……。

佐伯さん結婚してるのか。

いや、年齢からいって、奥さんがいても不思議ではないが。


「ロバート・パーマ?」


サキも首を傾げて不思議そうな顔をしている。

そんな彼女を見ていると、なぜか胸にチクチクと罪悪感に似た痛みが走る。


完璧な片想い。

そしてこの恋はおそらく実ることはないのだ……。


「……あのさぁ」

「何ですか?」

「いや……。何でもない」


言いかけてやめた。

『結婚してるからやめとけ』なんて、彼女の顔を見ていたら簡単には言えやしなかった。



彼女のこの想いは……いつか淡雪のように儚く消えるしかないのだから。