不思議な光景に目を奪われていると、子供たちがわたしに気づいて駆け寄ってきた。



「あっ、スクールのお姉さんだ!」


「わーい。遊ぼう、遊ぼう」


「あっ、ちょっと……」


 子供たちに囲まれて、思わずたじろいでしまう。


 無邪気な彼らの姿に、なぜかヒカルを思い出した。


 こんな地下世界にも、穢れのない子供たちが存在しているなんて……。


 子供たちに手を引かれて戸惑っていると、保母さんが近づいてきた。



「ごめんなさいねぇ、この子たちったら。スクールのお姉さんを見かけると、遊びたがるの」


「……あの、保育園もあるんですか?」


 こんなところに子供がいるなんて、と言う思いを込めて言った。


 山田と言うネームプレートをつけた保母さんは、ニッコリと笑った。



「えぇ。週に一度、タウンに遊びに来てるのよ。先週は水族館だったの。ねっ、みんな!」


「うん、おさかながいっぱいいたー」


「鮫がかっこ良かった!」


 子供たちが興奮気味に、水族館の感想を口々に言う。


 水族館まであるのか……。


 小さな都市がそのまま地下に造られたと言った感じだろうか。


 それにしても、この子たちの親は……?



「じゃあ私たち、これで失礼しますね。ほら、お姉さんにご挨拶しなさい」


「お姉さん、さようならー」


「さようならー!」


 保母さんに促され、子供たちがニコニコしながら手を振ってくる。



「さ、さようなら……」


 わたしは呆気に取られていたが、やがてハッと我に返ってスクールに向かった。


 遅刻したら減点されると聞いた。


 そうしたら、特待生への望みはなくなるだろう。


 イシザキとの約束を破れば、わたしの未来はない。


 いつの間にか、スクールに向かって駆け出していた。



 部屋に戻ると、日課となった課題にとりかかった。


 扉が開いてイシザキが現れた。


 ……ジャケットとジーンズに血がついている。


 わたしは小さく息を飲んで、思わず椅子から立ち上がった。



「だ、大丈夫ですか……?」


「俺の血ではない。シャワーを借りるぞ」


 短く答えると、バスルームに入っていった。


 しばらくするとシャワーの音が聞こえてきた。


 わたしは何となく落ち着かず、同じ問題を何度も解き直していた。


 バスルームの扉が開き、新品の洋服に着替えたイシザキが部屋に戻ってきた。


 髪が少し濡れており、いつもより幼く見えた。


 ひょっとしたら、まだ二十代半ばくらいかもしれない。



「……何だ? 俺の顔に何かついてるか」


「い、いえ。……どうしたのかなって」


 遠慮がちに言うわたしを見て、イシザキは眉を上げてシャツの襟を整えた。



「仕事だ。余計な詮索はするな」


 鋭い口調にギクリとして、わたしは慌てて課題に向き直った。