人影がゆっくり近づいてきて、わたしの前で立ち止まった。


 差し伸べられる白い手。


 ……ど、どうしよう?


 状況的に無視するわけにもいかず、恐る恐る手を伸ばした。


 そのひんやりとした手を取った瞬間、チクッとした痛みを手のひらに感じた。



「きゃっ……!」


 弾かれたように手を引っ込めると、わたしは急いで立ち上がった。


 手のひらから血が出ている。


 ──やはり、罠だったのだ。


 にわかに警戒心が膨れ上がり、相手と距離を取った。

 

「何なの……? あなた、誰っ?」


 声を尖らせて問いただすと、人影がクックックと笑い声を漏らした。


 そして、指をパチンと鳴らした。



「あっ……」


 周囲がぼんやりとした明るさを取り戻し、一瞬目がくらむ。


 目の前にいたのは、中学生くらいの少年だった。 


 声からして幼げな感じはしたが、わたしは少し拍子抜けしてしまった。


 こんな普通っぽい子が何で……。



「こんにちはー。イシザキさんちのジュリエットだね?」


 人懐っこい口調で笑みを浮かべる少年に、何と返していいか分からずに俯いた。



「僕は、源(みなもと)ヒカル。芸名みたいだけど本名なんだ。光源氏もビックリだよね、あははっ」


 屈託なく笑いながら、いつの間にかわたしの目の前に移動していた。


 子供のくせに威圧感がある。


 手を差し出してきたが、わたしは首を振って拒否した。



「チェッ。同じ手には引っ掛からないかー。ねぇねぇ、イシザキさんから僕の話聞いてる?」


 好奇心旺盛な子犬のような表情で、ヒカルが顔を覗き込んでくる。


 イシザキはあまり話をするタイプではない。


 彼の口から聞いた名前は、ミスターBと七福神とリンだけだ。


 他には誰も……。


 ふと、わたしはヒカルの声に聞き覚えがあることに気づいた。