そう考えると、イシザキに買われたことは不幸中の幸いだったのかもしれない。


 ……ちょっと待って。


 わたしはハッとして顔を上げた。


 もしかして、それが狙いだったのでは?


 拷問映像を見せることで、イシザキに買われて良かったと思わせるために……。


 他の連中が買い主だったら、お前は拷問を受けて死んでいたのだと暗に言いたいのだろう。



「何だ?」


 呆然と見つめるわたしの視線に気づき、イシザキが片方の眉をつり上げる。


 あなた、わたしに恩を着せたいんでしょう?


 そんなことを口にしたら、どんな目に遭わされるか分からない。


 答える代わりに俯くと、イシザキが動く気配がした。



「……さて。ロミオはどうしているかな」


 独り言のような呟きが聞こえ、モニター画面に裕太の姿が映し出された。


 相変わらず、目隠しされて鎖に繋がれている。


 壁にもたれかかり、人形のようにぐったりとしていた。



「裕太……。裕太っ!」


 きっと音声を切られているだろうが、わたしは声を上げずにはいられなかった。


 裕太がピクリと身体を動かし、ゆっくり顔を上げる。


 
『萌……?』


 疲れの色が滲んだ声で、わたしの名前を呼ぶ。


 聞こえてる……!



「そうだよ。大丈夫? 裕太」


 沢山の言葉を伝えたかったけど、グッと我慢して一番重要なことを訊いた。


 裕太の顔に力ない笑みが浮かぶ。



『あぁ……。俺は大丈夫。萌は?』


「うん。わたしも、大丈夫だよ」


 今のところは、と心の中でつけ加える。


 裕太にいらぬ心配をかけたくなかった。


 どう見ても、彼の方が過酷な状況を強いられているのだから……。



「裕太はどこにいるの?」


『……分からない。ほとんど目隠しされてるから』


 裕太の声には張りがなく、衰弱とはまた違う精神的な疲労が窺い知れた。


 リンに酷い目に遭わされているのだろうか?


 見たところ、拷問を受けたような痕跡はなさそうだが……。


 
「裕太、頑張ってね。わたしが……絶対、助けに行くから!」


 イシザキの目が気になったものの、わたしは強い気持ちを持って本心を伝えた。


 しかし、裕太は口元に笑みを浮かべたまま静かに首を振った。



『俺のことは心配いらない。萌は、自分のことを最優先に考えて』


 それだけ言うと、重いため息をつきながら再び壁にもたれかかった。



「裕太……」


 心身ともに疲れ果てている裕太を見て、わたしはそれ以上何も言えなくなった。


 どうか、負けないで……!


 熱いものが込み上げて、目の前がぼやける。



『あらら? 何で勝手にモニターがついてるヨ! アレックス。あなただネ?』


 ヒールの音とともに、リンの甲高い声が聞こえた。


 画面に現れたのは、金髪に碧眼の西洋美女だった。


 紫色のチャイナドレスをセクシーに着こなしている。


 彼女がリンなの……!?


 話し方からして中国人女性を想像していたわたしは、ショックを受けて絶句した。



「さぁ? 身に覚えがないな」


 イシザキが不敵に笑み、首の骨を鳴らす。



『ロミオはワタシのだヨ! もう、アンタのじゃない! 性懲りもない女だネ……』


 リンが美しい顔を歪ませながら、画面に向かって鞭を振るってきた。


 あからさまな敵意を向けられ、思わずたじろいでしまう。


 女の嫉妬ほど厄介なものはない……。


 そう思いながらも、わたしは負けじと睨み返した。