殺される……!


 わたしは反射的に身体をすくめ、ギュッと目をつむった。


 首筋に冷たい刃先が這う感覚に鳥肌が立つ。


 喉を切り裂かれる自分の姿を想像して、叫びそうになった。


 そんなことをしたら、イシザキの怒りを買ってしまうだろう……。


 わたしは震える息を吐きながら、ナイフが蛇のように皮膚の上を這いずり回るのを感じていた。



「覚えておけ。貴様の命は、俺のものだ……。分かったか」


 耳元で低く囁かれ、ぎこちない動作で頷く。


 イシザキはふんと鼻を鳴らすと、慣れた手つきでナイフをジャケットの内側にしまった。


 やっと解放されたわたしは、ふらついた拍子に壁に身体を打ちつけた。


 震えそうになる膝に力を入れて、イシザキの後を追ってバスルームを出る。



「あのカマ野郎に手なずけられたか」


 キャンディの包み紙を拾い上げたイシザキが口元を歪める。


 笑っているのか、怒っているのか……。


 サングラスのせいで表情が掴めない。



「田中……さん?」


「田中茂……ナンセンスな仮名だ。本名はもっと下らないがな」


 ため息混じりに言って、ゆっくりと首を振るイシザキ。


 その仕草に色気を感じて、不覚にもドキリとさせられてしまう。


 殺されるかもしれない状況なのに、わたしは自分の単純さに嫌気がさした。



「知らない人からお菓子を貰ったらいけませんと、ママに教わらなかったのか?」


 イシザキが真顔のまま、皮肉たっぷりに言う。


 彼なりのジョークなのかもしれない。


 ママ……会いたいよ。


 わたしは家族が恋しくなって、俯きがちに唇を噛みしめた。



「こいつは、強い興奮剤を溶かして作ったフェイクのキャンディだ。麻薬のような中毒性がある」


「麻薬……!」


 恐ろしい事実を知らされ、わたしは大きく息を飲んだ。


 ただのキャンディではなかったのか。


 もしかして、さっきの手荒な行為は効果を薄めるために……?



 そんな期待を込めてイシザキを見つめるが、答えは得られそうになかった。