「森。アレを用意して」


 温度差を感じたのか、田中は笑みを引っ込めてキリンに目配せをした。


 “アレ”が何なのかは分からないが、どうせろくなことではないだろう。


 わたしは無意識に身体を強ばらせ、目でキリンの動きを追った。



 ……嫌な予感がする。



 大きく身じろぎをすると、プロレスラーの男がこちらに一歩近づく気配がした。


 奥の部屋へと姿を消したキリンが数分後、手に何かを持って戻ってきた。


 コテのようなもの……。


 田中はそれを受け取ると、わたしに意味ありげな笑みを向けた。



「クロ」


 田中がわたしを見つめたまま低い声を出す。


 クロ……?


 その瞬間、後ろからガッチリと羽交い締めにされた。



「きゃあっ! 何するの、離して!」


 わたしは驚きのあまり身をすくませた後、男の丸太のような腕の中で必死にもがいた。


 クロと呼ばれたプロレスラー紛いの男は、抵抗するたびにわたしを締め上げる。



「手を出してごらん。良い子にしていたら、あっという間に終わるからね」


「い、嫌っ! やめて……お願い」


 子供をあやすような口調で言う田中に右手首を掴まれ、わたしは啜り泣きながら哀願した。


 熱せられたコテの表面がジュージューと音を立てている。



「焼き印、または烙印とも言うね。この儀式を経て、君は買い主と顔合わせをする」


 暴れるわたしの腕と格闘しながら、田中は薄笑いを浮かべて言った。


 恐怖で頭の中が真っ白になり、わたしは髪を振り乱しながらイヤイヤと首を振り続けた。



「いくよー」


 手の甲に焼きゴテを押し当てられた瞬間、ジュッと肉の焼けるような音が上がった。



「ぎゃあああっ!!」


 今まで体感したことのない熱さに、身体が魚のように跳ね上がった。


 皮膚の焦げる臭いが鼻につく。


 わたしは裕太の名前を呼びながら、灼熱の拷問に泣き叫んでいた。



「はい、おしまい。よく頑張ったね、キャンディもう一個あげる」


 田中がニッコリして、黄色い包み紙のキャンディを差し出した。