「でもお金は……」
チケットを買っていないことを気にするわたしに萌!ピエロは『OK、OK!サービス!』と身ぶりで答えた。
わたしたちは半ば押し込まれるようにして、迷宮(ラビリンス)の中に入って行った。
扉が閉まる前に後ろを振り返ると、赤い夕焼け空と手を振るピエロの姿がちらりと見えた。
中は薄暗く、わたしたち以外には誰もいなかった。
「空気がひんやりしてるね……」
「萌、しっかり俺の手を握って。暗いから足元に気をつけて」
心なしか、裕太の声が硬いような気がする。
言われた通りに彼の手をギュッと握りしめ、慎重に足を踏み出した。
わたしたちの足音と息遣いだけが迷路内に静かに反響している。
「こっちかな? 違う、行き止まりだ……」
「ねぇ、戻ろう。何かおかしいよ」
「そうだね。俺も入った瞬間から変だと思った。よし、引き返そう」
二人で寄り添うようにして、来た道をゆっくり戻っていく。
ふいに、背後に気配を感じた。
……誰かいる。
わたしは怖くなって、裕太の腕にしがみついた。
「裕太っ……」
「振り返るな」
裕太も気配を察知したのだろう、小声でそう言った。
今すぐ悲鳴を上げて走り出したくなる衝動を抑えながら、出口に向かって歩き続ける。
永遠に続く暗闇のトンネルをさまよっているような感覚に陥った。
「……きゃっ!」
突然強い力で肩を掴まれ、わたしは後ろに倒れそうになった。
大きな黒い人影が立ちはだかり、こちらに向かって手を伸ばしてくる。
「萌! 俺の後ろに隠れてろ」
とっさに裕太が前に出て、魔の手からわたしを守ろうとした。
その瞬間──鈍い拳骨の音がした。
「うぐッ!」
細身の高校生が大柄な男に腕力で勝てるはずもなく、殴られた裕太は壁に激突して倒れた。
「きゃああっ! 裕太……!」
裕太の元に駆け寄ろうとしたわたしは、男にあっさりと捕まってしまう。