「僕、おねーさんが帰っちゃった日、
あの後追いかけたんだ。
でも、もう居なかった。
もう、来てくれないって
その時何となく分かってた。

だって僕はおねーさんのこと、
何にも知らないんだ。

おねーさんがどこに住んでいて、何をしていて、何を考えてるかも知らない。
分からない。
アドレスも電話番号もいつでも
聞けると思って聞くことをしなかった。
おねーさんが来てくれることに、
甘え...........て。
何にも知らないまんま
手を離してしまったんだ
.....ってやっと気づいた。」



くろが、私と同じことを思っていたなんて。
あの日、追いかけてくれていたなんて。

何も、分からなかった。

私の肩を掴むくろの手は震えを増していた。
声はいつもの落ち着きを無くし
心なしか上擦っているようにも感じる。

それと同時に自分が少しずつ期待してきているのにも気付いていた。


「でも、もう一度、会いたかった。


おねーさんが来てくれることを
毎日願ってた。

公園にも毎日行った。
そのうち待つだけじゃ
足りないと思った。
きっとあの住宅街の近くに
用事があるか働いてるか
家があるかなんだってことしか
思い付かなかった。
それでも......
駅まで行ってみることにしたんだけど。

でも一週間すぎても、
おねーさんがいないんだ。


どうしたら良いか、わからなくて。

もう、二度と会えないかと
本当に、.....思ってたんだ。
連絡...先を聞かなかったことを
何度も、.......何度も後悔した。

ごめんなさいって、何度もおもった。
でも、わからなくて。
こんな気持ちになったのも初めて...で。
戸惑って。
どうしたら良いか分からなかった。

そしたら、三日前、おねーさんを
見かけたんだ。」



三日前.......?


三日前といえば彼と偶然会った日だ。


.....まさか。
思わず顔をあげると、
苦しそうな顔をするくろがいた。


「おねーさん、男の人と喋ってた。」


やっぱり。


くろは、彼と会った日に私を
見かけたんだ。

偶然と云うのは重なるらしい。

「おねーさんをつれてその男の人は
去っていっちゃって。
おねーさんもいやがるそぶりは、
見せなくて。

もしかしたらおねーさんの
っ....だ、大事な人かもしれないって.....思ったら、もう、僕そこから
....動けなくなっちゃって。」

くろが私をまっすぐ見つめる。
まっすぐな瞳が揺れている。


くろは、


泣いていた。


はらはらと音も立てずに涙を流す姿は
芸術品のように美しくて。

その表情は私の心に迷わず入り込み
捕らえて離さない。


「でも、それでもやっと見つけた。
だから、もう一度、こうして話したかった.......。」


彼は大事な人....だった。

確かに、大事な恋人だった。
彼さえいれば
安らぎの日々も
幸せだった日々も、
確かにあった。
彼がいることが当たり前だった。




けれどそんな日々は大分前に消えていた。お互いにお互いで壊しあっていた。

しかもそれはくろが私を
見かけたその日、その瞬間に
本当の終わりを迎えていたのだ。



そして何より、くろがみた瞬間
私はくろのことしか考えてなかったのだ。


他の誰でもない、
くろを想って動揺したのだ。

くろは、なんて勘違いをしているのだろう。


しかも、
くろは私を探してくれていた。

私を、待っててくれたのだ。

全身に血液が流れ出す。

ありとあらゆる場所で
脈打つのが分かった。

けれど止められるはずもなかった。
嬉しいと思わない方が難しい。

くろが真剣なのが、一生懸命なのが、
追いかけてくれたのが、
見つけてくれたのが、全て。
全て降りかかって私を喜ばせている。