「おはよう」


 感情を殺し、冷静を装って挨拶をする。

 立ち去ればいいのに岡崎はカバンの中身を机に入れる俺を見ていた。

 今何も言わなければ、次の休み時間も、

 いつもと同じように岡崎は来るだろう。

 岡崎は知っている。

 一度排除された空間の中に、再び戻ることの難しさを。

 俺はこのままずっと、平然としてはいられない。

 早い段階に真実を探って、話しを完結させるしかないことを悟った。


 「話しあるから予備室行こう」


 そう言って、俺は岡崎を直視した。




 不安に駆られた、か弱い姿がそこにはあった。



 それが俺の知る、守ってやりたくなるような岡崎美希の姿だった。

 明らかに主導権は俺にある。

 わたり廊下を突き進み、予備室のドアを開けるまで、俺は沈黙を続けた。





 「金曜、新山と別れたあと、どこにいた?」


 単刀直入とは言わないかもしれない。

 沈黙と俺の態度で、岡崎は想像できているはずだから。


 「きっ金曜……? 学校に忘れものして」

 「何を?」


 動揺する岡崎に剣を突き立てた。


 「すっ数学の、教科書」

 「何で?」

 「ヤダなぁ、勉強するためだよ。高三だし、
 そろそろ受験対策しようと思って」

 おかしな言い訳をカムフラージュするかのように、岡崎は軽い口調を使う。



 こんなときに、そんな手使うんじゃねえ……



 「新山と帰ってるとき、電話あったらしいじゃん。誰から?」

 「えっと……先生。数学の」


 本音隠しの微笑みも軽い口調も、この戸惑いも、

 俺が守ろうとした幼く弱い少女だった。