いや、顔の筋肉が存在しないというのは有得ないので、彼は感情が欠落していといった方が正しい。感情が欠落して産まれて来たというのは考え難いので、生きている途中で欠落してしまったのだろう。しかしそれがいつなのかは、ダレスが答えてくれるはずもなかった。
ダレスは巫女の有り様を考え、フィーナはダレスの立ち振る舞いを考える。互いの考えに一見共通した部分が見受けられないが、根っ子の部分では互いを想い合っているのは間違いないが、そのことを互いに気付き合うことはなく、何とも表現し難い空気のみが彼等の心情を知っていた。
フィーナは普段から使用している椅子に腰掛けると、ブラシを手に取り乱れた髪を梳いていく。髪を洗うのに使用している液体は高級品なのか、村で暮していた時より髪質が改善され、尚且ついい香が漂う。
これも、巫女だから――
彼女の脳裏に「巫女」という聞き慣れた単語が過ぎった時、彼女の身体がそれに釣られるかたちで反応していた。それは凡人が見れば全く気付くことのない微かな変化であったが、ダレスは彼女の身体の震えに気付いていた。しかし特に言葉を掛けるほどのものでもないと判断したのか、ダレスは沈黙を続けフィーナが髪を梳き終わるのを静かに部屋の隅で佇み待つ。
「これで、大丈夫」
「では、靴を履き参りましょう」
「ダレスが先で……」
「勿論です」
明確な理由があったとはいえ、部屋の中に長時間閉じ篭もり多くの者に心配を掛けてしまったことについて気が引けるのか、フィーナは差し出された靴を履くとオズオズとした態度でダレスの後に続く。
扉が開きフィーナが姿を現した瞬間、外で待っていた神官や侍女達が歓声を上げ、巫女の無事を喜ぶも、フィーナは彼等の言葉を素直に受け入れることができないのか、反射的にダレスの後ろに隠れてしまう。その不自然な態度に神官や侍女は顔を見合わせると、自分達が何かを仕出かしたのかと代表の一人の神官が尋ねるが、彼女は口を開くことはしなかった。
「フィーナ様は、出掛けたいそうです」
「出掛ける?」
「ご心配なく、中庭ですから」
「出掛ける」という言葉に多くの神官が眉を顰めいい顔をしなかったが、続いてダレスが言った「中庭」という言葉に、渋々ながら了承した。これにより、ダレスの読みが正しいと証明される。彼等はフィーナを目の届く範囲に置き、全てとまではいかないが大半の行動を自分達で決めたいようだ。


