これほど小さい文字で書かれた本を見た経験が一度もないので、フィーナは何か特別な本ではないかと勘違いしてしまう。だが、これは普通に売られていた冒険小説で特別な代物ではない。
文字が小さいので最初は読み辛いかもしれないが、書かれている内容は面白いものなので、読み進めていくうちに文字の小ささは気にならなくなるという。そんなダレスの説明にフィーナは頷くと、頑張って読破し後でダレスに感想を聞いて貰おうと決意するのだった。
「読まれましたら、またお貸しします」
「有難う」
受け取った本を胸元に抱きかかえ微かに頬を赤らめているフィーナに、ダレスは母親が残した言葉を囁く。それは神殿という名の牢獄に閉じ込められている巫女の心情を明確に表したものであり、その中で何かひとつでも娯楽を見付けることができれば救われるという。
そしてルキアが発見した娯楽というのは冒険小説を読むという行為で、ルキアはそれで心を慰めた。数十年後、彼女が残した本が同じ巫女であるフィーナに読まれるという不思議な縁(えにし)に、ダレスは何か特別なものを感じると彼女に話していた。といって、ダレスに信仰心があるわけではなく、人間が信仰の対象としている女神に特に執着があるわけでもない。
「ダレスは個人的に、本を買わないの?」
「と、仰られますと?」
「全ての本を読んだと言っていたから、ダレスのお母さんが残した本以外の本があるのかと――」
「此方に納めてあるのは、全て母が残した本になります。個人的に購入した本は、寝台の下に置いてあります」
「どういう物?」
「地理や歴史に天文学。神殿で生活していますので、神学の本もございます。あと、興味本位ですが言語学の本も買いました。その他に、思想や論語に付いて書かれている本もあります」
次々と語られる本の題名に、フィーナは唖然となってしまう。ダレスは知識が豊富で博識と認識していたが、これだけの量の本を読んでいたら沢山の知識を吸収してもおかしくはない。
フィーナが暮していた村に読み書きを教えてくれる「先生」と呼ばれる人物がいたが、正直ダレスの方が何倍も優れている。それに周囲から「先生」と呼ばれていたのでその人物は何処か偉そうにしていたが、ダレスはそのような素振りを一切見せない。いや、見せないという表現の仕方は正しくはない。彼は最初から、フィーナや他の者に感情を表さない。


