新緑の癒し手


「いけませんよ、そのようなことをしては……」

 ナーバルは自分の喉元に切っ先が向けられている理由に気付かないらしく、独自の理論を繰り広げていく。言葉の端々に見え隠れするのは自分優位の考えで、聞いている方は気分を害し、それ以上に嫌悪感を抱く。堪り兼ねたフィル王子は柄を握り直すと、ナーバルを一閃する。

「お前のような醜悪な考えを持つ者を見抜けなかったのは、私の失態。だから、せめて――」

 フィル王子とナーバルの間に、赤い液体が飛び散る。まさかこのようなことをするとは予想できなかったのだろう、ダレスは反射的にフィル王子の顔に視線を合わす。無礼者には厳しい処置を取ることはわかっていたが、自国の民を斬るということまではしないとダレスは認識していた。

 それだというのに、フィル王子は斬った。

 何故――

 一瞬、ダレスはフィル王子の行動の意図が掴めなかった。だが、よくよく考えればナーバルの数々の言動が許せなかったのだろう。器が大きいフィル王子でさえ我慢の限界に達したらしく、反射的にナーバルを斬る。それでも急所を外したのは、フィルフィルなりの情けというべきか――

 それ以上にあのしぶとく鬱陶しいセインの父親なので、このようなことで死ぬわけがない。ダレスはフィル王子の精神面を心配するが、肩口を血で濡らしているナーバルに対し何ら感情も浮かばない。ただ相手を見下し、血を求める者が血に塗れていることに冷笑する。
いや、ひとつだけ存在する。

 自業自得。

 それが、ダレスの本音。

 何の前触れもなく、フィル王子がナーバルを斬った。それに対しての精神的な衝撃は凄まじく、二人のやり取りを目撃していた者は絶句する。王子が神官を斬り、神官が王子に汚い言葉でなじっている。砕けた女神の像と共に、目撃者の思考をますます混乱させていく。

 一方、斬られたナーバルは自身の身に何が起こったのか瞬時に理解できなかったらしく、恐る恐る痛みを発する肩口に触れてみる。指先に纏わり付く生暖かい感触に、ナーバルの顔が蒼褪めていく。刹那、この世の者とは思えない悲鳴を上げると、大袈裟に七転八倒する。

 ナーバルの変化に数人の神官が彼を救い出そうと試みるが、暴れていることにより上手く救出することができない。それどころか救出に当たる神官が殴られたり引っ掛かれたり、また顎を蹴り上げられたりと散々な目に遭う。それでも位の高い神官ということで、見捨てるわけにはいかない。