新緑の癒し手


「こ、これは……」

 ナーバルは、それ以上の言葉が続かなかった。女神の像を自身の目で見る前は、侍女が見間違えた。また、嘘を付いている。そのように言い聞かせ動揺を無理矢理抑え込んでいたが、侍女は見間違いも嘘も付いていない。血の涙を流している女神の像は、事実であった。

「ナーバル様」

「何故、女神様が……」

「ああ、一体どうしたら」

「何か、お言葉を――」

 顔面を真っ青にしている複数の神官が、ナーバルに救いを求めるようにすり寄って来る。いつもであったらすり寄って来る神官を邪険に扱い辛辣な言葉を言い放っているが、今はそのような気力さえ湧いてこない。それどころか力無く膝から崩れ落ち、肩で呼吸をしだす。

 途切れ途切れに言葉が囁かれるが、呪詛のようなそれは誰も正確に聞き取ることができない。自分自身が持つ権力を確たるものにしようと、あれこれと策略を巡らし続けた。それの障害となる種無しの息子さえ切り捨てたというのに、待っていたのは女神の最大級の仕打ち。

 限界に達してしまったのか、ナーバルは徐に立ち上がると女神の像に向かって溜まりに溜まった感情をぶつけていく。変貌に近い突然の変化に、周囲にいた者達は唖然となってしまう。特にナーバルのことを知っている神官は、別人を見ているかのような視線を向けた。

 部屋の中に響くのは、ナーバルの神官とも思えない汚い言葉。追い付いた面々は茫然と立ち尽くし、ナーバルを凝視する。その中で、唯一冷静に振る舞っていたのはレグナス。彼はナーバルを一瞥すると、所詮神官は民の心情など二の次で、私利私欲で動いていると話す。

「これが、本性」

「そうだ」

「もっと早く、私が……」

「たとえ貴公が動こうと、どうにかなるものではない。奥底まで滲みついたモノは、たとえ洗っても落ちることはない。たとえ一時的に改心したところで、喉元過ぎれば忘れてしまう」

「……確かに」

 レグナスの的を射た言葉に、フィル王子は肩を落とす。女神の像は、間違いなく血の涙を流している。それは紛れもない事実で、レグナスが言ったように女神の加護は失われた。もう二度と、女神は人間に微笑むことはない。それだけのことを人間は、し続けてしまった。