新緑の癒し手


「何がやりたい」

「世界を……見たい」

「世界?」

「教えて貰った、海とか……」

 世界が広いことは知識で知っているが、自分の目で見たわけではない。だから自分の目で確かめ、感動を味わいたい。巫女から解放された後、フィーナはそれがしたいと望む。できるものなら側にダレスがいて欲しいと願うが、気恥ずかしいのだろう言葉に出すことはできない。

 彼女の願望に、ダレスは「願うが叶うといい」と囁くと、乱れた掛け布団を掛け直してやる。いつもであったらフィーナの横で休むのだが、今日に限って隣に寝るのを躊躇う。温泉に浸っている時から続く心のざわめきが治まることはなく、それどころか悪化していく。

 今日は一緒に休めないことを伝えると、フィーナは身体をお越し表情を強張らせる。何か気分を害することをしてしまったのかと尋ねてくるが、そのようなことは一切ないと話す。しかし本当の理由を口にするのは躊躇い、またどちらかといえばフィーナの横で寝るのが辛かった。

「一階で寝る」

「平気?」

「……心配しなくていい」

 ダレスから漂う雰囲気に、これ以上引き留めるわけにはいけないと察したのだろう、フィーナは掴んでいた服を離す。離してくれたと同時に寝台から腰を上げると、無言のまま彼女の前から立ち去る。そして扉が閉められた瞬間、フィーナは寝台に横たわり枕を抱き締めるのだった。

 見方によってはフィーナを一方的に突き放してしまった感じだったが、不安定な精神状態ではこのようなやり方しか思い付かない。内心「すまない」という思いも強かったが、あのまま彼女の側にいると何を仕出かすかわからない。それだけ、ダレスはギリギリの状態にあった。

 一歩、前に踏み出せれば――

 神殿で生活していた頃は、このような強い躊躇いを持つことはなかった。だが、自分の心の奥底に隠れていた感情に気付いた今、なかなか踏み出す勇気を出すことができない。頭を冷やすということでダレスは家の外へ出ると、暫く村の中をあてもなく歩き続け心の整理を行う。

 いや、そもそも整理などつける必要などない。内に秘めている感情を思い切って口に出し、相手に伝えてしまえばいい。フィーナもダレスに好意を抱いているので何ら心配はなく、また、血の力が徐々に弱まってきているので、感情を表面に出しても竜の姿に戻る心配はない。