新緑の癒し手


(化け物が、巫女を奪う。そんなことなど、あっていいものか。巫女は人間の所有物だ。化け物に渡すわけには……)

 このような状況に置かれていながらも、死守したいのは巫女の人格ではなく血の方だった。これがあるからこそ湯水のように金が湧き出し、裕福な暮らしが続けられる。恐怖より勝るのが染み付いた欲望で、結果的に言い放った言葉は自分自身の首を絞めることになった。

 ナーバルの言葉は、確実にダレスの神経を逆撫でさせる。それにフィーナが微かに発した彼等を否定する言葉が、人間の負の象徴となってしまった神殿の破壊を決意させる。このような場所は、跡形も無くなくなった方がいい。だから竜が持つ破壊の力で、消滅を試みる。

 放たれたのは、あらゆる物を消し炭と化す手加減なし竜のブレス。その衝撃波を伴う力は、一瞬にしてフィーナの寝室を半壊させてしまう。寸前の回避でナーバル達神官は力に飲み込まれることはなかったが、何も知らず床で力なく蹲っていたセインが一番の被害を被ってしまう。

 しかし生来の悪運の強さはこの状況でも見事に発揮されたらしく、彼の命が奪われることはなかったが、それ以外の部分が失われてしまう。セインが失ったのは頭頂部の髪で、ものの見事に綺麗に毛根から焼き尽くされ、若いながら五十代前半の男のような髪型と化す。

 突然頭頂部の髪が焼かれてしまったことにセインは悲鳴を上げるが、誰一人として救いの手を差し伸べることはしない。それどころか流石に今の一撃が効いたのだろう、一部の神官は腰を抜かしていた。またナーバルは何とか踏み止まっていたが、信じ難い状況に目を丸くする。

「ああ、これは……」

 突如、彼等の頭上から声音が響き渡る。その声音の主はヘルバで、彼なりに全速力で飛翔してきたのだろう、疲労感たっぷりの表情を浮かべ肩で呼吸を繰り返していた。しかしそれ以上に眼下に広がる光景に間に合わなかったのかと焦りだし、慌ててダレスのもとへ向かう。

 ダレスに抱きついているフィーナの姿に、一目で状況を把握する。同時に彼がブレスを吐き神殿を半壊させた意味も悟り、人間がとんでもないことを仕出かしてしまったと呆れてしまう。ヘルバはダレスを一瞥した後、これについて族長に一部始終報告しておくと告げる。

「……敵を作るのが上手い」

 囁くように発したのは、ヘルバが表現する人間の立ち位置。何も好き好んで周囲に敵を作らなくてもいいというのに、人間は身勝手な振る舞いで次々と敵を作り出していく。結果的にそれが危うい足場となってしまい、特にフィーナの件でヘルバは完全に彼等に愛想を尽かした。