ふと、ナーバルの脳裏に「惨殺」の二文字が浮かぶ。だが、ナーバルは女神に仕える神官で、このような人物の為に一族の名前を傷付けるわけにはいかない。それなら誰かが殺害してくれるのが手っ取り早いものだが、生憎暗殺を得意としている人物に知り合いはいない。
「クソ!」
溜まった感情を吐き出すかのように汚い言葉でセインを罵ると、今度は鋭い視線をダレスに向ける。彼は他の神官達とは違い、身体を大幅に変貌させているダレスを普通に受け止めているが、人間とも竜とも取れない中途半端な姿がおかしいのか、肩を震わせ笑い出す。
「化け物が、巫女を守ったか……まあ、それはそれで素晴らしいことだ。さあ、巫女を遣せ」
「断る」
「何?」
ダレスの否定に、ナーバルの眉が動く。それに対しダレスは、このようなことを起こさせないように躾ていなかったのかと、教育の不備を指摘する。また、フィーナが神殿から離れ別の場所に行きたがっていることを伝える。だから、ナーバルの言葉を受け入れる理由も権利もないと言い放つ。
「お前の息子が悪い。そして、この結果を招いたのも全てお前が……いや、お前達が彼女を……何故、もっと優しく扱うことができない。彼女は、意志を持った人間だ。お前達の道具じゃない」
別に、あらゆる自由を彼女に与えろというわけではない。ただ、少しでもいいから他人を思い遣る心を持っていれば、間違った方向に進むことはなかった。湧き上がる感情は抑えることができなく、このままでは完全に竜の姿に戻ってしまうと確信したダレスは外へ飛び出す。
体内を巡る血が、まるで沸騰しているかのように熱い。それに身体の奥底に眠っているモノが疼き出し、竜としての本質が目覚めた。闇夜に響き渡るのは竜の咆哮で、明らかに殺気が篭っている。その咆哮を耳にしたナーバルを含め神官の面々は、一瞬にして全身に鳥肌が立つ。
彼等は「竜」の存在は理解していたが、自身の目で目撃したことはない。存在するのは書物での知識で、そもそも彼等の真の強さを知らない。だからこそ見下し馬鹿にし罵ったが、自分達がどのような相手にそれを言い続けてきたのか理解した時、全身から血の気が引く。
まさに、圧倒的な迫力。立ち向かったところで殺されるのは確実で、誰一人としてフィーナを奪い返そうとはしない。大口を叩いていたナーバルさえ、この状況では自分達が完全に不利だと判断する。いや、だからといって簡単に諦めるほどナーバルは物分りがいい方ではない。


