新緑の癒し手


「さて、はじめようか」

 これで、自分の物になる。

 父を見返せる。

 そう確信した時、激しい衝撃が大地を揺らす。

「な、何だ」

 反射的に、セインは窓の外に視線を移す。刹那、とんでもない物を目撃してしまったのか、徐々に顔から血の気が引いていく。見間違いでなければ、彼が目撃したのはダレス。だが、いつもの雰囲気と明らかに違い全くの別人といっていいもので、殺気を篭めた視線を向けていた。

 また、異なるのは雰囲気だけではなく外見も大きく変貌しており、特に彼の両手は鱗がびっしりと浮き上がり、爪は鋭く伸びている。突然のダレスの登場にセインは押し倒していたフィーナから離れると、震えた口調でダレスの名前を呼びながら女神が裏切ったと確信する。

 何故。

 何故なんだ。

 どうして、奴が――

 邪魔なダレスと有翼人が不在の時点で、女神が自分に味方をしているとセインは狂喜乱舞したが、最後の最後で地獄に突き落とされてしまう。受け入れがたい状況にセインは逃げ出そうと試みるが、ダレスの冷徹な視線がそれを許さず、その場に身体が硬直してしまう。

 全身から、ねっとりとした表現し難い汗が噴出す。また、ダレスが一歩一歩と此方に向かって近付いて来る度に呼吸が荒くなっていき、自分自身の耳に激しく鼓動する心音が届く。また、ガチガチと歯を打ち鳴らし、信じ難いほどの恐怖が身体を支配していることがわかる。

 その時、硝子が砕け散る甲高い音が響く。その音にセインの身体はビクっと反応を示し、同時に恐怖に伴う身体の硬直が緩んだのか、そのまま後方に向かって倒れたと思うと無様に後頭部から床に落下してしまい、生き物が踏み潰されたかのような何とも惨めな声音を漏らす。

 勿論、硝子を破壊したのはダレス。彼は破壊した箇所から軽がると室内に立ち入ると、フィーナとセインの状況を見下ろす。刹那、寝台の上で小刻みに震えているフィーナの姿に、ダレスの眉が微かに動く。そして徐に利き脚を振り上げると、セインの鼻先に命中させた。

 手加減なしの攻撃に、セインの身体が後方に吹き飛ぶ。ダレスの攻撃は確実に相手の鼻を捉え、身体が吹き飛ぶに合わせ鮮血が甲を描く。また体術を学んだことのないセインは身体の至る箇所を何度も床にぶつけ、血が滴り落ちる鼻だけではなく全身に激痛が走り悶絶する。