その現実に誰もが喜び女神イリージアの真心に感謝し、癒しの力が戻ったことを素直に喜ぶ。

 ただ一人を除き――


◇◆◇◆◇◆


「お迎えを――」

 そのように言葉を発したのは、五十代後半の髪に白髪が混じった男。彼は女神イリージアを祀る神殿の神官の一人で、代々巫女の世話を勤めている家系の者であった。男は再び巫女が誕生したことに興奮を覚えているのか、口調が力強く何処か落ち着きのない様子である。

 多くの者が、巫女の血を待つ。

 これで、病や怪我に恐れなくていい。

 次々と語られる言葉は、巫女の血を待つもの。しかしその裏側に「欲望」の二文字が隠されていた。だが、それを悟られないように女神イリージアに感謝の言葉を捧げ、篤い信仰心を示していく。

「……嘘だ」

 神官達の行動を遠巻きに見ていたのは、十代後半の若者。その者が発した言葉は神官達の言動を批判するものであり、彼の本音といっていい。しかし本音を発していながら彼の声音は淡々としたもので、第三者が彼の言葉を聞いた場合「巫女の存在に興味がない」と、捉えてしまいそうだ。

 これ以上神官達の戯言に付き合っている暇はないというのか、若者は彼等に言葉を掛けることなくその場を立ち去る。暫く、目的も持たずに石造りの廊下を黙々と歩き続ける――

 何かを感じ取ったのか途中で若者は脚を止めると、新しい巫女がどのような女性なのか想像をめぐらす。その者は、採血の恐怖に耐えられるのか――若者は、巫女がどのようにして血を多くの民に与えているか知っている。知っているからこそ、新しい巫女の身体を気にする。

 採血専用に作られた刃物で身体を切り付け、病人や怪我人の為に血を流す。勿論、採血は想像以上の激痛を伴う。その激痛に耐えられる者はおらず、巫女と呼ばれている者はごく普通の女性。ましてや自分で自分の肌を傷付けるなど、普通の感覚の持ち主ではできない。

 それに巫女は自身の血で他の多くの者に癒しを与えるが、己の血で自身の病気や怪我を癒すことはできない。結果、採血の数が増えれば増えるほど、巫女の身体に傷の痕が増えていく。内に愁いを持つ、血に濡れた癒しの巫女。若者は、巫女をそのように表現していた。