「それは、同意見だ」
フィル王子は血に依存している現在の状況について、以前から危惧していたという。巫女の血によって、人間はあらゆる病と怪我の恐怖から解放された。本来であったら死ぬべき運命にあった者も血の力で生き返り、普通の生活を送れるまで回復する。しかし、それていいのか――
死の恐怖から逃れられた結果、人間の思い上がりは目に余るものがある。他の種族を「不浄」と罵り、自分達が女神イリージアに選ばれた最高の種族と自負する。これこそが、本当に女神が望んでいる世界なのだろうか。そう、フィル王子は国民が抱いている負の感情を嘆く。
「巫女の血は、ない方がいい」
将来、一国を背負うべき王子の口から出た衝撃的な言葉に、フィーナの背筋が凍り付く。だが、血を失った方が、人間が人間らしく生きていけるのではないかとフィル王子は考えていた。他者を思い合い、他者に救いの手を差し伸べる。同時に、自分と違う存在を受け入れる。
血の影響で、人間はそれらの感情が欠落してしまっている。だから巫女の血を失い、再び死と隣り合わせの生活に戻れば、他者を労わる感情が戻るのではないだろうか。そう話すフィル王子だが、我ながら甘い考えだと気付いたのか、何処か苦しい表情を浮かべていた。
「フィル様は、血は?」
「ない」
「お加減が悪くなったことは、ないのですか?」
「いや、何度かある。しかし、血を使用したいとは思わなかった。勿論、周囲はそのことに反発した。だからといって、血を使用して強制的に病や怪我を癒したいとは思わなかった」
「どうしてですか?」
「血を飲む者を見た」
フィル王子にとってその光景は一種のトラウマと化し、記憶の中に鮮明に残っている。人間の血を人間が飲み干す姿など、見ていて気持ちが悪いものはない。その者は口の周りや衣服を赤く染めながら、これで死の恐怖から逃れることができると、嬉しそうに微笑んでいた。
化け物。
そう、フィル王子は称する。
人間が同じ人間を捕食し続けている種族に、明るい未来などない。現に、神官は巫女を巫女として見ておらず、表向きは「巫女様」と敬称を付けて呼んで敬っているが、血を生み出す道具として思っていない。だからフィル王子は、巫女の血そのものの消滅を願っていた。


