新緑の癒し手


 フィーナがルキアと同じ仕打ちを受け、同じ結末を迎えたらどうするのか。巫女を道具として扱い、彼等は私利私欲で動いている。母親を奪われ、また愛する者を奪われたら――ダレスはこれについて何も答えようとはしないが、彼がどのような行動を起こすかヘルバはわかっていた。

 だからヘルバは、これについて言及していく。しかしフィーナがルキアと同じ立場に置かれないという保障は何処にもなく、ましてや別の種族同士で結ばれるとなればこの点が気に掛かるのは当たり前。神官はダレスを毛嫌いしており、またフィーナを手放すことはない。

「……父は、人間に激しい憎悪を抱いていた。いや、抱いていたというのはおかいし。今も、抱いている。愛した妻から引き離され、殺された。そして死体は侮辱され、ゴミのように扱われた」

 妻が死に神官によって死体が侮辱されたと知った時、ダレスの父レグナスはこの世の者とは思えない悪魔の形相を浮かべた。相手への積年の恨みというべきか、レグナスが彼等に抱いていた憎しみの感情は凄まじいもので、術が解け身体の一部が竜に変化してしまうほどだった。

 神官を呪うかのように発せられたのは、罵詈雑言の数々。中には言葉で表すのも憚れるほどの言葉が混じり、彼等が敬愛していた巫女をどうしてそのように扱ったのか真意を問い質す。だが、返って来た言葉は無常そのものといっていい。彼等は、ルキアを敬愛していなかった。

 巫女は血を与えるだけが役割ではなく、次代の巫女を産んでこそ本当に役に立ったという。言葉を変えれば「次の道具を生み出せなかった巫女に、なんら価値もない」ということだろう。神官の――いや、人間の浅ましい本心を知ったレグナスの怒りは、大粒の涙に変わる。

 ああ、こんな奴等に――

 レグナスはこの時、人間そのもの正体を知った。何と愚かで、何と醜悪な存在。それでいて、同族を同族とも思わない者達。自分達が一人の女を喰らって生きていることを知らない無知の者は、同時に他者を労わる感情が欠落しているといってい。だから、死体を平然と侮辱する。

「殺したのか?」

「父は、相手を殺したりはしていない。殺すだけの価値がないと、判断したらしい。いずれ自分達で自滅すると、踏んだようだ。血を喰らい生きている種族。いずれ、血だけではなく肉も求める……と」

 だからといって、憎しみが消えたわけではない。それでも人間の世界に攻撃を仕掛けないのは、妻ルキアが育った世界を破壊したくないから。その優しさがレグナスを押し留めているのだが、息子への酷い仕打ちが続いている今、レグナスの傍観がいつまで続くかわからない。