「そう、ダレス」

 ふと、何かを思い出したかのようにフィーナがダレスから離れる。彼女は周囲に視線を走らせ目当ての物を探し出すとそれを手に取り彼の目の前に差し出すが、外見は酷く汚れていた。

「これは?」

「焼き菓子。また作ると、貴方と約束して……でも、袋が……御免なさい、こんなに汚くして」

「中身は汚くない」

「多分」

 しかし肝心の焼き菓子は紙袋を投げ捨てた時の反動で割れてしまったらしく、大半が原型を留めていない。綺麗な状態で渡すことができなかったことにフィーナは落胆し、項垂れてしまう。これは本人にとって自信作だったのだろう、紙袋の口の部分を閉じると後方に仕舞う。

 だが、ダレスにとって焼き菓子の形は関係ない。肝心なのはフィーナが作ってくれたということで、心が篭っていればそれでいい。ダレスは紙袋が欲しいと片手を差し出し、渡すように促す。

「本当にいいの?」

「勿論」

 オズオズトした態度で差し出された紙袋を受け取ると、ダレスは中からひとつの焼き菓子を取り出す。確かに割れて形はいいものではないが、だからといって食べられないわけではない。また焼き加減もちょうどよく、焼き菓子から漂う甘く香ばしい匂いが何ともいえない。

「これで、十分だ」

「もっと綺麗なのを渡したかった」

「こうなってしまったのは、俺に責任がある。あのようなことをしなければ、割れなかった」

 そう言い、一口齧ってみる。菓子職人が作ったような美味しさではないが、これはこれで素朴感があっていい。何より相手を想い一生懸命に作っている気持ちが伝わり、ダレスは嬉しかった。

「どう……かしら」

「美味い」

「良かった」

 不味いと言われ、吐き出されるのではないかと心配していたが「美味い」と言われ、フィーナは安堵の表情を作る。そして料理作りが上手いダレスに褒められたことに自信が付いたのか、彼女はもっと美味しい物を作って彼を喜ばせたいという気持ちが湧き出してくる。