「ダレス」
自分の名前を呼ぶか細い声音で、外套に手を掛けた手が止まった。その声音の主がフィーナとわかった時、別の意味でダレスの表情が歪みだす。再び、彼女が信頼を置く人物の名前を呼ぶ。
しかしダレスは彼女の名前を呼ぶ声音に反応を示さず、目を細め沈黙を保っていた。すると三度目の対応は先程とは違い、名前を呼ぶと共に啜り泣きが聞こえてきた。フィーナの名前を呼ぶ声音がダレスの心を締め付け、意図的に封じている感情を揺さ振り動揺しだす。
彼女と出会い彼女と交流することによって自分に変化が生じていることはわかっていたが、確信が持てなかった。しかし彼女の泣き声を聞き感情が揺さ振られている今、それが確信に変わる。
ダレスは、囁きに等しい声音でフィーナの名前を呼ぶ。やっと自分の名前を呼んでくれたことにフィーナは扉を開けようとするが、血に塗れた姿を見られたくないダレスは彼女の行動を制した。何より、今の自分のおぞましい姿を見たら、彼女が何と言うか。それが恐ろしかった。
「傷は?」
「お見せできるものではないです」
「やっぱり、酷い傷を……」
「今、手当てをします」
「一人で大丈夫なの?」
「殿下にも申しましたが、手当ては慣れています。それに、申し訳ありません。血を流し……」
「いいの。それは」
彼女の採血の苦しみを誰よりも理解しておきながら、彼女の前で血を流す行動を取った。フィル王子に勝利を齎す為とはいえ、フィーナの前で軽率な行動を取ったことを心から詫びた。
彼の言葉にフィーナは間髪いれずに、彼の心を癒す言葉を返す。彼女もまた誰よりも彼の置かれている立場を知り、自分の身体を傷付けてまで相手に勝利を与えたことをわかっていた。だが、それが本当に正しいことだったのか。それは違うと、フィーナは考えを述べる。
だからこそ、フィーナは言う。
「時に我儘を言っていい」と――
それに対しダレスは、再び口をつむぐ。彼から何も返事が返ってこないことにフィーナは不適切な言葉を言ってしまったのではないかと焦るが、これは自身の本音なので訂正はしない。それに彼女自身、何でも自分で行うダレスに時に頼って欲しいという気持ちを持っていた。


