「いえ、特に――」
ナーバルの質問に、ダレスは一定の音量で返事を返す。相変わらずの態度にナーバルは肩を竦めるが、彼もダレスの性格を知っているのでそれ以上の追求をすることはしない。そして次に発した言葉というのは、フィーナへの講義が終わったかどうか尋ねるものであった。
「……はい」
「それならいい」
ダレスからの返事に、ナーバルは満足そうに頷き返す。そもそもダレスはフィーナの教育係なので、真面目にその責務を果さないといけないのだが、フィーナ同様に根っからの真面目なダレスが責務を放棄することはしない。ただ、念の為という形でナーバルは問い質した。それだけフィーナの身と立場を心配し、立派な巫女へと成長して欲しいと願っている。
「ところで……」
ふと、ナーバルの表情が変化し話の内容を変える。次に発した言葉の内容というのは、自身の息子の話だった。ナーバルの息子セイン・ファーデンは、父親同様に神官の地位に就いている。
だが、神官としての立場は「見習い」で、修行に専念しなければいけない時期なのだが、その息子は神殿から姿を消している。ダレスへ言った質問は「セインは、何処へ行ったのか知っているか」という内容ではない。
ナーバルは息子の性格を理解しているので、今何処で何をしているのかわかっているのだが、いかんせん場所が悪い。だからナーバルはダレスに「今後、用事があるのか」と、質問をしていた。
「いえ、何も――」
「そうか。なら、息子を連れ戻して欲しい。修行中の身だというのに、サボって出掛けてしまった」
「場所は?」
「例の場所だ」
「わかりました」
ナーバルの頼み――もとい命令にダレスは頭を垂れると、顔を上げると同時に踵を返す。立ち去るダレスの後姿に、ナーバルは冷笑する。彼の息子のセインが入り浸っているのは「娼館」と呼ばれている場所。其処でセインは真昼間から娼婦相手に、宜しくやっているのだ。
高位の神官であるナーバルは立場上、そのような場所へ行くことはできない。いや、それ以前に「娼婦」という存在に、嫌悪感を抱いていた。自分の身体を売り金を稼ぐ、やましい存在。それがナーバルの娼婦への印象であり、そのような場所へ息子が行っていることが許せなかった。


