他の種族に比べ肉体面が劣っている人間に癒しの血の力を与えたのは、この力で種の繁栄を図って欲しいという女神の慈悲であったが、繁栄に伴い巫女の血の価値が大きく激変する。
今では血は金を生み出し、一部の者達に巨万の富を与えた。人間は奉仕の心を忘れ、自分達がこの世界に生きる種族の中で一番偉いと奢り昂ぶり、他の者達を醜い言葉で罵り嘲笑う。
決定的な出来事といえば、崇められるべき巫女に対して神官達が行ったおぞましい仕打ち。結果的にルキアを精神的に追い詰め、挙句の果てには死体から血を一滴残らず絞り取る暴挙に出る。まさに悪魔の所業ともいえる行為に、慈悲深い女神も愛想を付かしたのだろう。
再び癒しの巫女を彼等に遣わしたのは人間達の負の一面を増幅させ、押し黙っている者達の神経を刺激していこうという計画か。人間以外の種族全員が一斉に自身が持てる力を振るえば、人間そのものや彼等が時間を掛けて築き上げてきた文明を一晩で消滅させるのは容易い。
いや、それ以前にダレスの父方が一斉に攻撃を仕掛ければ、人間は髪の毛一本も地上に残らず消滅する。これは憶測の範囲に過ぎないので、女神の本心を言い当てたとは断言できない。
しかし人間の常識を逸脱した言動と態度を総合すると、強ち間違いとは言い難い。それに種族交流のバランスを崩している人間が全て滅亡した方が、大地に平和が訪れるというのも事実である。
その方がいい。
人間に愛想を付かしている者なら、そのように言うに違いない。だが、ダレスはフィーナの存在が引っ掛かるので口に出すのを躊躇う。彼女は人間だが、癒しの巫女として生きているので他の者とは大きく違う。それに彼女も犠牲者となるのは、あまりにも不憫すぎる。
彼の憶測が現実となり種族間の抗争が勃発した場合、フィーナはどうなってしまうのか。傷付いた者を癒す為に全身の血を絞り取られ、最終的にはルキアのように自分と同じ人間に殺害されてしまうかもしれない。現に今も、巫女を巫女と呼んでいても扱いは乱暴そのもの。
癒しの道具として生き、道具として死ぬのが巫女の定めだというのか。それなら尚更、彼女の立場と内面を理解し一生の支えとなる伴侶を迎えた方がいい。勿論、セインは論外だ。
その時、フィーナの私室の扉が開いた。反射的にダレスは扉がある方向に身体を向けると、背筋を伸ばし相手を出迎える。最初に彼の前に姿を現したのは支度を手伝っていた侍女で、彼女達はダレスの存在に気付くと軽く頭を垂れ準備が整ったことを告げると、足早に立ち去る。


