憎悪と、懺悔と、恋慕。

 
 ワタシの返しに『よしよし』と頷いた木崎センパイは、すき焼きの支度をすべく、キッチンへ行った。

 「医大に行こうって人間が、すき焼きなんか作ってて大丈夫なのかしら」

 キッチンに立つ自分の息子を眺めながら、木崎センパイのお母さんが車椅子の手すりに頬杖をついた。

 「木崎センパイなら、きっと受かりますよ」

 超適当な返事。 だって、木崎センパイの頭の程度なんか知らない。

 「ウチの田舎の神社の合格祈願のお守りがすっごく良く効くから買って来てあげたいんだけど、山奥すぎてこの足じゃ行けないのよねー」

 木崎センパイのお母さんが、残念そうに足を擦った。

 「・・・因みにどこにあるんですか??」

 「ココ。」

 木崎センパイのお母さんがタブレットですぐさま調べて見せてくれたソコは、足が丈夫であっても行き辛い、ビックリするほどの山中だった。

 木崎センパイのお母さんには引け目もあるし、なんなら代わりに行こうかと思ったが、ガチで山だ。 最早、登山。

 しかも、県内ですらない。 遠すぎる。

 良かった。 調子に乗って『じゃあ、ワタシが買って来ますよ』とか言わなくて。

 「・・・木崎センパイのお母さ・・・綾子さんの実家って、結構遠いんですね」

 自分の母親じゃない人を『綾子さん』と呼ぶのは、やはりカナリの違和感がある。

 「すっごい田舎でしょ。 でも、とっても良い所なのよ」

 木崎センパイのお母さんの言うとおり、画像で見る限り本当に綺麗な場所だった。

 「そうなんでしょうね」

 緑がたくさんあって、マイナスイオンが大量放出されていそうな森があって、天然ミネラルたっぷりの水が惜しみなく使われているだろう田園が広がっていて。

 ちょっと、行ってみたいな。 と思った。