「怒ってるようにしか見えないよ?」
「絶対怒ってません! ほっといてください」
「冗談だって。ふふ、肩の力、抜けたみたいだね」
「え?」
 アレクシスは葡萄酒の杯を片手に持ったまま、頬杖をついた。
敵意や警戒を、ぬぐい去る笑顔にたじろぐ。
「聞かれるのは、いや?」
「いえ」
「ひぃさまだけ特別なのかな。私は仲間に入ってはいけないとか」
 戯けた仕草で、意地の悪い事を言う。
「そういうわけでは」
「ではなぜ?」
 いつもは此処まで、執拗に話を追わない。
 単なるおとぎばなしだと思っているのなら、何故深夜に未婚の娘を自室に呼びだして、警戒心を払ってまで聞き出そうとするのか。単なる好奇心だけとは考えにくい。
 そうして瞳の奥に眠る意志を見つけた。
「本当に単なるおとぎ話なら、誰に語っても問題はないしムキになる必要はないよね」
 昼間。
『あなたは、得意のウソ話で姫様のお気に入りになっているものねー?』
『ウソなんかつかないわ!』
 モモは嫌みを言われた。
 あの時、偶然に通りがかって『立ち話も程々にして仕事に戻りたまえ』と厳しく告げた側近アルヴィンの隣には、アレクシスも立っていた。
「それとも秘密の裏話があったり」
「しません」
 話すことは全て真実だ。
 信じてもらえないだけで。
「そう。じゃあ出来れば、ひぃさまの知らないジパングの話がいい」
「知らない、話ですか」
「そう、私からひぃさまにお話しできる。あ、別に君の役目を奪うとか、そういうのではないんだよ。実は最近、どうも人前でひぃさまに逃げられてしまうのでね。やはり副団長たる者、皆の前でひぃさまに好かれていると主張できる機会は多い方がいいし、モモから直接聞いた話と言えば、ひぃさまも近寄ってくれそうな気がするんだ」
 ひぃさまは単に、剣を振るう騎士が怖いだけだ。
 剣は斬るものだから。
 アレクシスがこの理由を知らぬはずがない。
「おかしな方」
 陰口から守ろうとしてくれている。
 どこの馬の骨とも分からぬ召使いの悪評など、放っておけばよいのに。
 彼が口にすれば、誰も嫌みのネタに使えなくなるのは事実だ。