何だか安心したら…どっと疲れが出た。そろそろ帰ろう。


「では、私はこの辺で…」


身支度をしてお会計をしようとしたら、


「もう帰っちゃうんですか?せっかくだし、一緒に飲みませんか?もう仕事の話は終わり!」


「え…でも…」


「聡(さとし)さんの鴨のリエット、最高ですよね。これには赤ワインが合うかな…聡さん、鴨のリエットおかわりとローストビーフサラダ、魚介のトマト煮込み、アンチョビとキャベツのパスタね。あとおすすめのワイン一本頼むよ。」


と、ネクタイを緩めながら物凄い勢いで注文しだした。


成瀬さんは驚いているあたしの顔を覗き込み、
「赤ワイン、大丈夫ですか?」
と優しく聞いてきた。


「あ、軽めのなら…大丈夫です。」

思わず答えてしまった。


「じゃ、グラス二つで!聡さん、軽めのでチョイス宜しくね。」


「全く…うちは居酒屋じゃないぞ。お前が来ると、こっちはてんてこ舞いだよ。そして野菜を食え、野菜を!」

「だって聡さんの料理、美味いんだもん。がっつり食いたいの!野菜はサラダとキャベツのパスタがあるからいいじゃん!あ〜腹減った!聡さん、早く〜!」


「ったく…ガキじゃあるまいし!祐姫ちゃん、申し訳無いけど、こいつの腹を満たすまで付き合ってやってくれない?」


マスターがすまなそうに、でも何だか嬉しそうに私に言った。


「じゃあ…お言葉に甘えて。」


「良かった!どんなに美味しくても一人じゃ寂しいしね。おっさんとグラス傾けても嬉しくないしさ。」


「孝行!!聞こえてるぞ!!」



厨房からマスターの怒鳴り声が聞こえた。



あたし逹は肩をすくめて笑い合い、注がれたワインで小さく乾杯した。