その音に反応するように、腕の中にいる雨香麗も声を大きくして呻いた。たくさんの鈴がこだまするその音の正体……それはおそらく錫杖(しゃくじょう)だ。

 この音にここまで反応するなんて、もう雨香麗は────。

 嫌な想像が脳裏に()ぎる。それと同時に頭に声が響いた。




「き……な……さ……」




「くそ、なんでこんな時に……!!」




 聞き慣れた低い声が脳内に響き、一瞬目の前が眩んで地面に片膝をついてしまう。
 雨香麗が落ちてしまわないよう、腕に力を込めるものの、〝あれ〟が始まってしまったなら、もうのんびりとはしてられない。〝あれ〟が始まると、じきに嫌でも体へ戻ることになるんだ。

 祠まで雨香麗を連れて行かないと。体へ戻ってしまう前に、早く……!

 そこなら守ってくれるだろうし、しばらくは雨香麗も(かくま)えるだろう。

 俺が戻って来られる時まで安全な場所はそこくらいしか思いつかず、視界が歪む中、雨香麗を抱いてただひたすら走った。

 雨香麗が目を覚ますまで傍らにいてやれないのが心苦しい。

────君には、絶対に生きてほしいから。

 強い思いを胸になんとか祠まで辿り着き、辺りを見渡す。

 ここならきっと、大丈夫。

 すっかり気を失ってしまっている彼女の頬にそっと触れた。




「……ごめん。また、すぐ戻るから……待ってて」




 そして意識がないのをいいことに、優しく額へ口づけた。

 こんなことばれたら、心を開きかけていた彼女を遠ざけることになるかもしれない。でも、それでも、雨香麗が目の前にいることを現実として受け止めたかったんだ。

 もう二度と会えないかと思っていた人。こんな出会い方になってしまったとはいえ、また現れてくれたのだから。

 離れたくない、そう強い気持ちに駆られた時、再び声がした。




「柴……樹!」




 今度はさっきよりもはっきりと、大きく頭の中に声が響く。

 もう戻らなきゃいけないのか。

 そう悟るものの、想いは雨香麗のそばを離れたくない。けれど次第に意識は遠のき、体が引き寄せられる感覚を最後に俺は目を閉じた……──。