「新二君!? 新二君!? お願い! 答えてよッ!」


バスルームからボロ布の様に放り出された新二に、凛香は急いで駆け寄った。

無残な姿で横たわる新二からは、焦げた肉と鉄サビの匂いがした。

この計画に加担したクラスメートたちにもそれは衝撃的だったようで、首謀者の数人を除く大多数が恐る恐る離れて行く。


「君は確か竜崎新二の唯一の理解者、だったかな?」


バスルームから鷹揚とした足取りで現れた杉浦は、足元の新二を軽く蹴る。


「彼の性格上、少しは根性を見せるかと思ったのに正直がっかりした。彼は大人しく制裁を受けてさっさと気を失う道を選んだ。そして、僕はそういう気骨もなければ信念もないクズがこの世で一番嫌いなんだ」

「やめて! どうしてこんなことするの……!?こんなことが正しくないことくらい、杉浦君にだって分かるでしょ……」

「何を言ってるんだい? 僕の行動は紛れもなく正義だ。竜崎新二を野放しにすれば、この教室は恐怖で支配されることになる。僕は絶対にそれを阻止するし、その為ならどんな行動も許される」

「そんなこと絶対間違ってる!」

「ならどう間違ってるのか説明してくれ」

「だって、人を痛めつけるのは良くないことでしょう……!? それにクラスメートはみんな友達で……仲良くしなきゃいけなくて……!」


彼女の悲痛な叫びは、しかしどうしよもなく浅薄で……そして、凛香はそんな言葉しか出てこない自分自身が悲しかった。


「そんなことを誰が決めた? 現に『ペインター』先生も『警備員』も誰も僕を止めに来ない。そもそも何故仲良くする必要がある? そいつはクラスに災いをもたらす元凶だ。悪魔だ」

「違う……違う……!」


返す言葉を失くして凛香が顔を両手で覆った時、新二は薄目を開けてかすれ声で嘲った。


「俺が悪魔か……面白いことを言うな」

「新二君! ああ、良かった……!」

「俺がこの程度で……くたばるわけねえだろ! なあ杉浦……ならもしお前がこのクラスをまとめたら……全ては上手くいくのか……?」


苦しそうに息を吐き出しながら問いかける新二を見下ろして、杉浦は断言する。


「もちろんだ。僕は常にクラスみんなの為に行動する。個人的な感情で誰かを差別したりなんかしない。それが正義だからだ」

「だが……具体的な打開策でもあんのか……卒業までに後十八人を切り捨てなきゃいけないことに……変わりはねえだろうが」

「……それは今考えることではない」

「卒業まで考える気もねえだろ……俺には見えるぜ……もしお前が支配権を握ったら……毎回適当な口実で『悪魔狩り』をして……仲間とやらを切り捨てていく様が」

「……黙れ」

「お前はその未来から目を逸らしたい一心で……自分の中の正義を振りかざしてるだけだ……そうだろ……? そして俺がそんな偽善者にかけてやる言葉はこれだけだ……」



「楽しいか?」



その刹那。新二の顔面を、杉浦は今度は本気で蹴り飛ばした。


「ぐあっ!」

「やめて! これ以上新二君をいじめないで!」

「黙れと言っている! 君も無関係でいられると思ってるのか? 今ので僕は再認識したよ……竜崎新二は全く反省が見られない、と。だが、もし自分の唯一の仲間が痛めつけられたら果たして彼は平静でいられるかな?」

「お前……まさか凛香を……!」


その瞬間、杉浦の背後から現れた手下の二人が凛香の腕を掴み、容赦なくトイレに引っ張っていく。


「やめて、放して! 助けて……新二君ッ!」

「やめろアイツは関係ないだろッ! お前ら絶対ぶっ殺す……! ここがどういう場所なのか思い知らせてやる!」

「でもその体じゃ無理だろう? 大人しくそこで愛しの彼女の悲鳴を聞いて、今後自分がどうするべきか考えるんだな」


無表情に言い放ち、杉浦がバスルームへ立ち去りかけたその時……


「――ちょ、ちょっと待って!」