「……へんなの、仲よくもない私と会話したってなにもおもしろくないに決まってるのに」

「まあな」

「少しは否定してくれてもいいのになあ」

「自分で言ったんだろ、もっと楽しい夢が見たいって」


それはそうなんだけれど、そこに雨夜がいるかどうかはまた別の話だ。


「じゃあ明日は……コンサートに行きたいって願いながら寝るよ」

「コンサート?」

「ピアノの、リサイタル」


本来なら、現実世界なら、こんなことは絶対に言わなかっただろう。でも、ここが夢の中だってわかっているから、素直な気持ちを口にした。

今日、久しぶりに家のピアノを見てしまった時から。疼く指先を必死に押さえていた。完全にあきらめきれていない自分にいやけがさして、杏果や晴太のなにげないひと言に敏感になって。

……でも、夢の中でなら。夢の中でくらい、触れてもいいかなって。こういう考えが、甘いのかもしれないけれど。誰も見ていない、現実世界で関わりのない雨夜になら、本音を言ってもいいんじゃないかって、そう思ってしまったんだ。


「へえ……ピアノ好きなんだ」


雨夜の瞳が少しだけ揺れた。

ピアノが好きかと聞かれたら。うなずくほかはないと思う。けれど、好きとか嫌いとか、そんな単純な言葉では言い表せられない気持ちもある。……雨夜には関係のない話だけれど。

もうずっと聴いていないピアノの音。触れていない鍵盤。こんなことを言えるのは、夢の中だけだから。自分の両手の指先を見て、急に胸が苦しくなってくる。


「でも、明日も会えるだなんていう保証どこにもないから」

「わかってるよ、試しに言ってみただけだ」

「私も、リサイタルに行きたいなんて、試しに言ってみただけだよ」


ふ、と私が笑うと、そこで初めて雨夜の口角が少しだけ上がった。その表情にまたドキリと心臓が跳ねる。


「まあ、俺が会いたいだけかもしれないけど」


なんだそれ、意味がわからない。

思わず目を丸くして雨夜を見る。でも彼はなんでもないみたいな顔をして私を見ていた。雨夜の考えていることは、私にはさっぱり理解できない。けれど心のどこかで、雨夜が本当にそう思ってくれているんじゃないかって、明日も会えるんじゃないかって、期待してしまっている自分がいる。こんなの、夢の中の話なのに。


「――そろそろ、夜が明ける」


雨夜のその言葉に顔を上げる。次の瞬間、突然ひどい眠けに襲われて私は意識を失った。