「どうした、何か困ってる?」

一ノ瀬さんはいつもと変わらず、女性社員の視線を奪っている。


「実は先方からデザインの変更をしたいと言われてしまって、掲載日は伸ばせないので困っていたんです」

「それなら手伝うよ。ふたりでやればなんとか間に合うんじゃないかな?」

「ありがとうございます……っ」

女性社員のキラキラとした眼差しが一ノ瀬さんに向けられ、彼女は顔を赤らめならが嬉しそうに微笑んだ。

それを見て、何度目か分からないため息を落とす私。

言ってしまいたい。
一ノ瀬さんには裏の顔があるということを。

笑顔でいるフリをして「これだから女は」と笑う悪魔だということを声を大にして言いたい。

だけど、言ったところで信じてもらえないのは目に見えている。

私と一ノ瀬さん、ここにいる女性社員がどっちを信じるかなんて聞くまでもないだろう。

「はあ、」

一ノ瀬さんの顔を見るたび昨日のキスが思い出され、言いようの無い気持ちになる。

本当に最悪だ。

私は再びため息をつくと、メールチェックをして事務作業に取り掛かった。


2時間ほどで片付けると、出来上がった書類の印刷に立ち上がる。すると、後ろから肩を叩かれた。


「夏帆、ちょっといい?」