昨夜遅くまでケイと井原さんは相談をしていた。

あれから私はリビングから追い出され入浴をして早く寝るように言われたのだ。
そして、今朝目が覚めたら今度はケイに家を追い出された。
「エルは今日から井原さんちに行って」と。


「ノエルちゃん。これは君がこれから自分を取り戻すための戦いだから。さっきも言ったけど、今日から君は俺の婚約者『安堂ノエル』としてここで生活する。仕事もあの病院は退職。俺の個人秘書としてIHARAホテルグループの本社勤務。俺が必ず守るから『安堂ノエル』に戻るんだ」

井原さんは私の両肩に手を置き力強く言った。

「見えない影に怯えて暮らすのは終わりにしよう。ノエルちゃんは堂々としていればいい。今まで嫌がらせをしていたストーカーをおびき出して戦おう」

「井原さん。言いたいことはわかります。でも、井原さんにそんな事までしていただくことなんてできません。理由もないし。そんな迷惑私にはかけられません」

「ノエルちゃんには真人を助けてもらったし。それじゃダメかな?」

私はサッと身を引いた。
「あの程度の事でここまでしてもらうわけにはいきませんよ。それに婚約者って設定に無理がありませんか?」

「じゃあ、俺にも何かメリットがあればいい?それに婚約者の方が何かと都合がいいんだ」

井原さんはニコッと笑った。

紳士的な態度から一転して何かイタズラを企むような子どもっぽい表情にドキッとした。
何だろう、井原さんって。今まで私が出会った男性とは少し違うかも。

「私にはこの件で井原さんにメリットがあるとは思えませんけど」

「メリットはあるよ。あちこちからくるしつこい縁談話から逃げられる。結婚相手は自分で決めるつもりなのに周囲がうるさい。君が相手ならどこの誰からも文句が出ないだろう」

私がどうってことよりも、ああ、まあそうでしょうね。
大企業の独身のイケメン御曹司に群がるオンナ達と事業がらみで企みがあるオジサマ達。
容易に想像がつく。
兄のケイも対応に苦慮しているのだから。

「私が婚約者として隣にいたら井原さんは本当に愛する人を探せないんじゃないですか?」